第16話 またね、親友

 ねこ先輩と別れて自宅に戻る。


 ねこ先輩は想像していたよりも理性的な人物だった。教員が脅かすから変にビビっていたけれど、なんのことはない。冷静に私の話を聞いてくれていた。


 さて講義動画探しだ。5月23日に行われたプログラミング演習の講義。その講義動画が消される前にダウンロードした人を探す。


 家に戻ってアイスを食べてから、私はパソコンを立ち上げる。


 まず身近なところから……恭子きょうこ美築みつきだな。


『5月23日のプログラミング演習の講義、ダウンロードしてない?』


 恭子きょうこからの返事はすぐに来た。


『申し訳ありません。ダウンロードしていません』


 ……毎回思うけれど、もっとフランクに話してもらって良いのだが……なんでいつまでも敬語なのだろう。


 美築みつきからの返事はしばらく来なかった。まだ体調が悪いのだろう。もしかしたら寝ているのかもしれない。


 次は……講義受講者だ。プログラミング演習の講義を受けていた受講者1人1人に、講義動画をダウンロードしていなかったのかをチャットで聞いてみる。


 数人から返事が帰ってきたが、どれも返事は【NO】だった。どうやら誰もダウンロードなんてしていないらしい。


 というより……大半の学生から返事が帰ってこなかった。そりゃそうだよな……いきなり見ず知らずの人からチャットが来ても反応なんてしないよな……


 うーむ……


 こうなったら明日、直接聞いて回るか。不審者みたいなことをすることになるけれど、すでに疑われているのだから問題ない。


 早めに学校に行って、いろいろな人に聞こう。1人くらいダウンロードをしている人もいるだろう。


 そう思ってパソコンをシャットダウンしたとき、


「あ……」スマホの着信音が鳴った。「……美築みつき……」


 発信者は草薙くさなぎ美築みつき。彼女はいま体調不良のはずだけれど、もう具合は良いのだろうか。


「もしもし」もしかしたら、さっきのメッセージに反応してくれたのかもしれない。「具合悪いのにごめんね……」

『いや……大丈夫』電話越しの声は、まだ元気がなさそうだった。『講義動画だっけ……? ごめん、ダウンロードはしてない』

「そっか……」わざわざ電話で伝えなくても……「まぁ、そうだよね……あんなことがあったもんね」


 講義の復習ならともかく、事件の発生動画なんて好き好んで保存しないだろう。いや……する人もいる気がするけれど……まぁ、大声でダウンロードしたとは言いづらいだろうな。


『なぁたまちゃん……』

「……なに?」


 なんだか重大な話題らしく、次に美築みつきが言葉を発するのに時間がかかった。


 そして彼女はため息をついてから、


『いや……なんでもないよ』

「……そう?」明らかに、なにか悩みがあるようだった。「ねぇ美築みつき……私は……美築みつきのこと大切に想ってるよ」

『急にどうした?』

「だから……その……悩みがあるなら、いつでも相談してね。無理には聞き出さないけど……」

『そっか……でも大丈夫。もう悩みは解決したよ』

「そうなの?」

『うん。たまちゃんの声聞いたら安心した』


 そんなことがあるだろうか……? もちろん美築みつきの悩みが解決したのなら嬉しい限りだけれど……


 明らかに美築みつきは無理をしている。私に心配をかけまいと元気に振る舞っている。


 ならば聞き出すのは野暮だろうか……美築みつきから話してくれるのを待つほうが良いだろうか。


 悩んでいるうちに、


『またね、親友』美築みつきが言う。『今度の勉強会……楽しみにしてる』

「う……」そういえば勉強会の予定があるんだった……「お手柔らかに……」


 そんな会話を終えて、美築みつきは電話を切った。


 ……少し美築みつきが心配だけれど……まぁ本人が大丈夫だと言っているのなら大丈夫、だろうか。ここで電話をかけて問い詰めるのも彼女を追い詰めてしまうだろうし……


 ……


 まぁ、重い悩みなら直接聞いたほうが良いかな……次に美築みつきと会って話してくれそうなら、全力で相談に乗ろう。

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