第15話 正直言って

 すでにオムライスは半分以上なくなっている。


 この食事が終わればねこ先輩は帰ってしまうだろう。今のうちにできる限り話を聞かないと……


「他になにか……考えられることはありますか……?」

「そうだな。たとえばキミたちが見ていた講義映像が偽物だったという可能性は考えられないか?」

「偽物、ですか?」

「ああ。偽物というより事前録画の映像だった可能性だ」


 なるほど……もしも私達が録画映像で講義を受けていたのなら、死亡時刻はごまかせるかもしれない。


 しかし……


「ありえないと思います。チャットが書き込まれたとき、先生がそのチャットに反応していましたから」

「そうなのか?」チャットが書き込まれた瞬間の言葉だったので、チャットに反応したので間違いないだろう。「……その講義の映像は残っているのか?」

「いえ……残ってなくて……」

「なぜだ? 講義の録画映像は半年ほど保存される設定になっていただろう?」


 講義を録画すると、それはアプリ内に半年保存される。それらをダウンロードして擬似的に講義を受けることも可能だった。

 オンライン講義を聞き逃した人とかのために残されていた映像なのだが……


「それが……事件があったから消されたみたいです」

「ふむ。残っていてくれるとありがたかったが、まぁ教育上仕方がないか」場合によっては殺人映像なのだから、消すのは当然だろう。「しかし消されるまでの期間は少しあっただろう。その間にダウンロードした人はいないのか?」

「あ……それはどうでしょう。まだ調べてないです」

「そうか。映像があればなにか新しい手がかりがつかめるかもしれない。もしも映像が残っていたら調べてみると良い」


 たしかに……私も講義中に一度体験しただけで、詳しい状況なんて覚えていない。


 あの講義動画を消される前にダウンロードした人……調べてみよう。恭子きょうこ美築みつきにも聞いてみよう。


「次だ。裁きがどうとか、そのチャットを書き込んだ人物はわかるか?」

「……わかりません……」

「書き込んだ人物の名前を見ていなかった、ということか? それとも別のアカウントで書き込まれたのか?」

「……学生の名前ではなかった、と思います。英語のユーザーネームで……」


 詳しい名前は覚えていない。写真でもとっておけばよかった。


「講義で使われているのは無料のアプリだからな。URLさえわかれば、捨てアカウントでも参加できてしまう。まぁIPアドレス等の特定は警察に任せるとしようか」IPアドレスってなんだろう……「正直言って、現状では情報が少なすぎるな」

「……そうですよね……」

 

 事件時刻と事件現場くらいしかわからない。


 こんな情報では、いくら頭の良い人でも真相解明なんて不可能だ。


「ハッキリ言おう。教員は自殺した、という結論しか出せない。教員はリアルタイムのチャットに反応していたのだろう? ならばその時間までは生きていたということだ。そして遺体発見までの間、現場には誰も入っていない」


 それらのことを総合的に考えると……


「やっぱり、自殺ですか……」

「あるいは本当にオンラインで人が殺せる能力者がいるか、だな」それはほぼありえないので、結論は自殺。「すぐに警察も、同じ結論に行き着くんじゃないか? そうなればキミの疑惑は晴れるだろう」

「そう、ですね……」


 なんとなくモヤモヤする結末だ、なんて思っていると。


「現実はドラマのように劇的にはできていない。探偵の天才的なひらめきによって事件が解決なんてしないし、すべてが明らかになって完璧にスッキリする結末など極めて珍しい。それどころか、真実を知って後悔するパターンもあるだろう」

「真実を知って、後悔……?」


 そんなことがあるのだろうか。


「ああ。僕の場合、両親の存在なんて知りたくなかった」

「……両親、ですか?」

「そうだ。まぁ僕の親は1人しかいないからな。本当の両親のことなんて、親とは思ってない」


 なんだか入り組んだ事情があるようだった。あまりにも重そうな話題だったので、これ以上深く聞くことはしなかった。


「ともあれ、僕にできるのはここまでだ」ねこ先輩はオムライスを食べ終わって、「ご期待に添えなかったのなら謝罪しよう」

「いえ、そんな……」勝手に押しかけたのはこっちだ。「あの……もしも事件の映像とか……新たな手がかりが見つかったら持ってきても良いですか?」

「それをするのはキミの勝手だ。だが、僕の推理は期待しないほうが良い」


 話を聞いてくれるだけで十分だ。こうやって話しただけで、少し考えがまとまったくらいなのだ。


 とりあえず……映像を探そう。誰かが講義動画をダウンロードしていると良いのだが。

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