第3話 良いところですよ

 私のその日の講義は1つだけ。


 その1つが途中終了してしまったので、なんとも急に暇な時間ができてしまった。


 先生の身になにがあったのか……それは気になる。だけれど……まぁちょっとしたトラブルだろう。もしかしたらイタズラに憤慨して講義を放棄したのかもしれない。


 お茶を一口飲む。そしてなんとなく誰もいない室内を見回して、私はベッドに飛び乗った。


 それから私は親友2人にグループ通話をかける。


『はい』同級生の私にも、なぜか敬語なかがみ恭子きょうこだった。『講義……終わっちゃいましたね。なにかあったんでしょうか』


 相変わらず恭子きょうこの声を聞くと落ち着く。癒し系というか……ささやき声が小さくてかわいい。


 そんな恭子きょうこも、突然の講義中断に思うところあるようだった。


「どうしたんだろうね……」とはいえ、そこまで危機感はない。「まぁ、何かしらのトラブルだろうね」

『そんな気がします』


 まだ私は冷静だった。オンライン授業を始めたての頃は先生方も不慣れで、これくらいの途中中断はよくあることだった。


 今回の講義……プログラミング演習の先生は高齢の先生でオンラインに慣れていないようだったから……なにかしらトラブルに対処できなかっただけだろう。


『そんなことよりたまちゃん』たまちゃん、というのは私のこと。『今回の講義、理解できましたか?』

「あぅ……」自分で言うのも何だが、私はアホだ。「……また、教えてほしいところがあって……」

『わかりました。また時間の合う日に勉強会をしましょうね』

「……いつもありがとう……」


 そもそも私は頭が良くないし、機械類は苦手だ。


 オンライン授業になってさらに授業についていけなくなっていたのだが、こうやって親友2人がやさしく勉強を教えてくれる。


 思えばオンライン授業のやり方も、この2人が手取り足取り教えてくれたのだ。彼女たちがいなければ、私は大学生活に絶望していただろう。


 ……なぜこの親友2人は、私にここまで優しくしてくれるのだろう。私はアホだし優しいわけでもないし、面白いわけでもない。こんな私に優しく接してくれる2人には感謝しかないが、その理由が気になっていたりする。


 まるで姉妹みたいに私たちは仲良くなった。私は頼りになる姉2人に助けてもらってばっかりだ。


 彼女たちに恩返ししたいのだけれど……頭の悪い私には方法が思いつかない。


「あぁ……賢くなりたいなぁ……」

『……そんなに危ないんですか?』


 単位を落とすかもしれない、という意味に聞こえたのだろう。


「あ……えっとね。賢ければ、もっといろんなことを思いついたり気づいたりできるのに、って思って……」


 親友2人への恩返しの方法とか、親友2人の苦しみとか……そのあたりに気づいて助けになってあげられるのに。

 なのに私はアホだから、彼女たちに助けてもらってばかりだ。


 私がそんなことを思っていると、今日は珍しく静かだった草薙くさなぎ美築みつきが言う。


『賢いって……良いことばかりじゃないよ』なんとなく元気がない声に聞こえた。眠たいのだろうか。『気づかなくても良いことに気づいてしまったり、面倒なことを押し付けられたり……そんなこともあるからね』

「……なるほど……」アホな友達に勉強を教える羽目にもなってしまう。「うーん……じゃあ、しばらくアホで良いかな……」


 現状でもギリギリ、問題は乗り越えられているし……私には頼りになる親友2人がいるし。


『そんなこと心がけなくても大丈夫ですよ』割と毒舌なのが恭子きょうこである。『たまちゃんは、ずっとそのままだと思います』

「アホのままだって?」

『はい』言い切るな。『それがたまちゃんの良いところですよ』


 それはそうかも知れない。


 勉強したことをすぐに忘れる代わりに、嫌なこともすぐに忘れてしまう。

 その割には楽しかったことは覚えているので、私の人生は最高の人生に思える。


 楽しいこと、嬉しいことだけ覚える。そして嫌なこと、悪いことはさっさと忘れてしまう。


 それこそが都合の良い記憶力。その記憶力が私のアホっぷりから生み出されているのなら、しばらくはアホのままでいいや。

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