オオガタ作戦しんこう中

 一晩開けておれたちに作戦シートが配布された。


 作戦名、エノキタケ怪人掃討作戦。概略、特別作戦第十四班の寺島仁理てらしまひとよし財部亘一たからべこういち、江ノ本大智えのもとだいち蘇芳理江華すおうりえか、しぃなの五名を中心とした超巨大キノコ怪人の掃討作戦を実行する。


 本作戦では長時間の敵体内潜伏を必要とするため、空散菌糸気管支生育症くうさんきんしきかんしいくせいしょうを発症する恐れがなく、現状すぐに作戦行動に移ることが出来る特別作戦第十四班を主軸に据えることとする。


 各隊員は四方から敵内部へと侵入し、所定の場所に爆弾を設置後速やかに脱出。なお爆弾は時限式を採用する。


 作戦開始は六五時間の午前十時とする。各員はそれまでに支給される装備に慣れておくように。


 思わず概略の一ページ目を二度見した。二度見してから、自分でもおどろく位に間の抜けた声が口から飛び出してきた。


「はぁ、……、マジか……、まじ?」


 直後に正面からすぅっとリエカの日焼けした手が伸びてくる。ほっぺを引っ張ってくれた。痛い。


「おおおマジよ! 夢じゃないわよ!」


 お前こそ声が震えて『お』が一つ増えてるぞ。


「リエカちゃん、声ふるえてるけど?」


 よく言ったコウイチ。と思ったが、ほっぺをつねるリエカの手にさらに力が入ってさらに痛みがました。ちくしょう、俺が何したってんだ。


「いい加減に離してくれ、痛い」


「あ、あぁゴメン」


 ほっぺたがつねられ過ぎてひりひりする。


「にしても、しぃなちゃん狙われてるんでしょ? 前線に出ちゃって大丈夫なのかな?」


 ダイチが心配そうにしぃなの顔をのぞきこむ。しぃなはその視線にふしぎそうな表情を返した。ダイチの心配の大本がまるで分っていないらしい。察しがいいのか悪いのか良く分からないやつだ。


「むしろ、しぃなは積極的に前線に出るべきよ」


「そりゃまた、どうしてさ?」


 したり顔で腕を組んだリエカにコウイチが聞く。


「だって、しぃなは敵を引き寄せるわけでしょ? なら安全地帯においておくとしぃなを狙って敵さんが基地に来ちゃうじゃない。それは困るでしょ? だから、あたしならしぃなは前線に送り出して、そこに火力をある程度集中させておくわね」


 リスクの分散と戦線の安定化のための作戦、リエカらしい考え方だ。


「でもそれだと、しぃなちゃんが危ないよ?」


「いや、そもそもここは戦場だ、安全なところなんてないぞ。あるのは危険な場所と、危険が少ない場所の二カ所だけだ。むしろ、前に出て火力を集中させられるなら、それは下手に後方に下がるよりはずっと安全なはずだ」


 リエカの考える作戦は基本的に冷たくて正しい。それがリエカに与えられた役わりだから。そして、その作戦をみんなが納得いくように説明するのが班長である俺の役わり。


「そっか、そういう考え方もあるんだね」


 うーんとダイチが腕を組む。


「でも、わたしみんなみたいに戦える自信ない」


 ぼーっと天井からつり下がる電球を見つめて、しぃながぽつりとつぶやいた。弱気になったりもするんだな。


「大丈夫、今回の作戦はしぃなは俺たちよりも少し後ろで、大人たちといっしょに防衛ラインを支える仕事だから」


 作戦シートをペラペラとめくってしぃなの作戦行動を一通り頭の中に入れる。


「そうなの? でも、それじゃあみんなといっしょじゃない……」


「いや、しぃなの仕事は大事よ。私たちよりは少し後ろだけど、長時間の活動ができるしぃなだからこそできる仕事だわ。大人たちがやろうとすると、入れ替わり時の情報の伝達で間違いが起きやすいのよ。それをしぃな一人が全部まとめられればこの長丁場の作戦にはすごく有利だわ。私たちと同じ戦況を違うところから見る仕事、それは一緒の戦場でする仕事なのよ」


 リエカが否定する。同じ場所に立つことだけが同じ場所にいるということじゃない、とそう否定した。


「良く分かんないけど、分かった。みんなといっしょに私もガンバル」


 ぐっとこぶしを作ったしぃなはふんと鼻から息を吐きだした。


「お前らァ――! 新装備だァ! 今から二日間みっちり訓練するぞ――!」


 がらっと、おれたちの宿舎のドアが開く。サングラスが光っている。謎のものを背負った米内よねうちさんだ!


「訓?」

「練?」


 おれたちは揃って首をひねる。


「なんだお前らまだ作戦概要に目を通してねぇのか?」

「通しましたけど……?」


 またそろって作戦シートへとそれぞれ目を通す。


「ほんとだ……! 新装備の支給があるためって書いてある……!」


 コウイチが目を輝かせた。何を隠そうコウイチは大の新し物好きなのだ。


「それじゃお前らついてこい!」


 夕方だというのにやたらと高いテンションで米内よねうちさんの背中を追って訓練場へと向かう。




「これが、そうですかぁ――!?」


 ランランウキウキといった調子のコウイチがずらっと並べられた武器たちをみて、はしゃいでいた。


「こんな、装備どうしてすぐに?」


 しかし、急ごしらえの作戦にすぐにこんなにたくさんの武器を用意出来るモノなのだろうか? いや、現にできているから、すごいのだけど……。


「今日来てたお偉方の中に髪の毛ふっさふさのおじさんがいたろ? あの人が今のおれたちの一番偉い人でな、子供を戦場に送るのならばってんで、前々から用意していた、新装備をまるっとこっちに寄越してくれたってわけだ」


 話の分かるおじさんだと思ったら、そんなに偉い人だったのか! だけど、その割に筋肉はあんまりついてなかったな。


「さてと、コウイチはそっちの銃器から好きなの選んでくれ、お前の射げきの腕ならどれでも腐らんしな」


「えぇ!? いいんですか!?」


「おう、それとダートダッシュの改良型があるから、二日かけて慣らしてくれ」


「は、はい! 了かい!」


 本当にウキウキしすぎて、体からウキウキと音が出てきそうだ。


「それから、ダイチはあっちの大型火器だな。今までの装備とは扱いが違うから、専門のトレーナーとみっちり練習してこい」


「了かい!」


 敬礼したダイチはグレネードランチャーや散弾銃が置いてある場所へと小走りで行った。


「そいで、リエカとしぃなは、コイツだ」


 米内よねうちさんが机の上に置かれたアームガードのような機械を取り出す。


「これは?」


「コイツは、お前ら班員全員で状況を共有できて、こっちとの通信が切れた状態でもローカル通信でお互いにやり取りが出来るって優れものだ。内部から敵を崩すための爆発の指向性を計算することもできるし、受け取った情報をまとめるのにも便利だ。通信を音声入力で文章として記録することもできる。まぁちょっと使い方が複雑だが、お前らなら出来る。二日で覚えてこい。それからこれはしぃなの親機と情報のやり取りが出来る。つまり、作戦のかなめだ」


「はい! 了かい」

「了かい」


 受け取ったリエカとしぃなが親機がある場所へと移動していく。


「そんで、ヒトヨシはこれだ」


 米内よねうちさんは背中に背負っていた縦長のふくろを俺に差し出す。なんだろうか? 受け取ると、ずしっとした確かな重みがあった。


 袋を開ければ中にはしっかりとした造りの日本刀とそれから同じ長さの木刀。普通の軍用刀よりも刃渡りは十センチほど短い気がする。


「今時刀……?」

「今回の作戦には銃器よりもこっちのほうが適切だろうという判断だよ」


 作戦シートに書かれていたことを思い起こす。


「確か……、キノコの壁の厚みが大体一センチほどなんですよね?」


「そうだ、その厚みなら刀で十分に斬り破れるからな。銃弾を使うより継戦能力に優れるって判断だ」


「でも、なんで俺だけなんですか? それならほかのみんなもこれを使ったほうが……?」


「今から二日みっちり教え込んで使い物になるのはお前だけだ。お前は近接格闘のセンスが抜群にいいからな、二日でなまくらなりに使えるようになる。剣ってのは切れるようになるまでに時間が掛かるんだよ。銃だって最初は全然狙い通りに当たらんだろ? それといっしょだ」


 米内よねうちさんの説明に分かったような分からないような気になって、とりあえず首を縦に振った。


「その木刀は訓練用に同じ重さに調整してあるから、実戦とほとんど同じ感覚で振れるはずだ」


 言いながら米内よねうちさんは腰からすっと警棒を伸ばした。


「使える時間全部、俺と打ち合うぞ!」

「了かい!」


 袋から木刀だけを取り出して、日本刀は訓練場の床にそっと置く。


 じごくのような特訓が始まった。

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