センセン会議こんらん中

「失礼します!」


 い勢のいいリエカの声と共にガラガラと音を立ててコウイチがドアを開けた。今は作戦会議の真っ最中。中で難しい顔を突き合わせていた大人たちの目線が一斉に俺たちへと向けられる。


「何だね、今は大事な会議中だが? それに子供がこんなところに……」


 見慣れないひげ面のでっぷりと腹の出てたおじさんが俺たちのことを鼻で笑いやがった。普段現場にいない知らないおっさんに威張られるのは面白くない。尊敬できない大人だ。


「すみません、この子たちも私の部下です。それで、こんなところに突然押しかけてくるとはよほど緊急の用件があるんでしょうね?」


 茉莉花ジャスミン先生がおっさんに頭を下げてから、俺たちに向き直る。そんな奴にも頭を下げなきゃいけないなんて大人は大変だ。


「えぇと、そのあの巨大なキノコ怪人のことをしぃなが知ってて……!」


 こうふんしながら先生にいう。


「しぃな隊員が?」

「はい!」


 じっとしぃなを見つめた先生はまた大人たちのほうへと向き直り、今度はそっちに声をかける。


「どうも新しい情報がつかめたようですので、良ければこの場で説明させますが……、いかがいたしますか?」


 椅子に座っている大人は全部で八人。茉莉花ジャスミン先生を入れれば九人だ。六人は見慣れない人たちだった。この基地の偉い大人二人は部屋の奥のほうに追いやられていた。


 でっぷりと腹の出たひげ面のおじさん、縦長な顔で短く刈り上げた髪が特徴的な細の目のおじさん、マッシュルームみたいな頭をして根性が曲がってそうなお兄さん、眼鏡をかけてけわしい目をしたやや細身のお兄さん、髪の毛がもっさりしすぎて頭が重そうなおじさん、それからはげてて少し背が低いおじさん。全体的におじさんだ。


「丁度議論も停滞していたところですし、最新情報を頂けるのでしたら損はないのでは?」


 眼鏡のお兄さんが真っ先にうなずいた。それから反発するようにマッシュルーム頭のお兄さんががなる。


「しかしですねぇ! そんな子供の言葉など……!」


「さっき、彼女が言っただろう、彼らも自分の部下だと。子供とはいえ彼らも軍人だ、こんな場に世迷い事を持ち込むこともあるまい」


 縦長な顔の細めのおじさんがマッシュルーム頭の言葉をさえぎれば、今度は太り過ぎのおじさんが立ち上がった。


「そもそも、子供なんて場違いだ。情報をよこすならせめて大人の伝令役を使うべきだと思うが?」


「しかしどこも深刻な兵士不足なのは確かです。そして子供たちならば中には菌糸類感染に汚染されないものもいるという資料も見ましたし、話があるならばまずは聞いてもいいのでは?」


 はげた小さいおじさんは意外と話が分かる人らしい。


「ふむ、私も話くらいは聞いてもいいと思いますよ。どれ、君たち話してごらん」


 もっさりしたおじさんが意見を聞いてサラッと結論をまとめたようだった。もしかしたらこの髪の毛お化けみたいな人が一番偉いのかもしれない。


「それじゃあしぃな隊員、何が分かったか話してもらえるかしら?」


 茉莉花ジャスミン先生はうなずいてしぃなに言葉をうながす。


「あの巨大キノコ怪人は、エノキタケ怪人。エノキタケ怪人は建物の振りして人が来るのを待ってる。不用意に近づくとつかまえられる。エノキタケ怪人の体はすごく大きい、けど中はほとんどすきまばっかり。あの、あれ、トイレットペーパーを縦にして沢山ひとまとめにした感じ。あと大きいから、体自体はあんまり頑丈じゃない。だから内側からそれなりに安全に崩せる……、はず」


 しぃなはすぅー、と流ちょうに言葉をつないだ。


「ほう……。それが本当ならば……」


「しかし情報の確度は確かですかな?」


「そんな小娘の情報など、当てになるモノか!」


 だが、大人たちは話半分という様子だった。


「司令官殿! 作戦会議中に失礼します! 例の新型の調査報告が上がりましたので急ぎ情報をお持ちしました!」


 息を切らせた米内よねうちさんが急に作戦室に駆け込んできて、茉莉花ジャスミン先生に紙の束を渡す。


 先生はペラペラと紙の束をめくって、それからぐるっと作戦室の人の顔を見回す。


「今の子供たちの報告とこちらに届いた調査報告が一致してします。体には簡単に穴が開くが、多層構造になっており、外から一部を炎上させても直ぐに切り離されてしまい致命傷にはいたらない。足はなく、滑るようにこちらへと接近しているようです。この速度を維持するのならば、五日後にはここまで到達すると計算結果が出ています」


 読み上げ終わった茉莉花ジャスミン先生はおでこにしわを作って、難しい顔をする。


「五日だとぉ――!?」


 マッシュルームお兄さんがすっとんきょうな声を出した。だけど茉莉花ジャスミン先生はそれを無視して俺たちのほうへと顔を向ける。


「緊急性の高い情報をありがとう、もう下がりなさい」


 俺たちはそろって敬礼し、足並みをそろえて退室して、ドアを閉める。


 外で待っていたダイチと合流して、そのまま声を出しても聞こえない場所まで少し歩く。


「ぶはっ、ぁ――! き、きんちょうした……!」


 思い切り息を吐きだして心臓を押さえる。


「もう、もう、大げさねぇ……、大げさなんだから、大げさよ……」


 俺と同じくらい思い切りきんちょうして今息を荒げているリエカにだけは言われたくない。いやむしろ俺よりもガッチガチになってるまである。


「二人してどうしたの?」


 しぃなが素朴にくびをかしげ、コウイチはクスクス肩をゆらしていた。しぃなは良く分かってないだろうから置いておくとして、あの最中に一緒に飛び込んだコウイチはどうしてそう平然としていられるのか? そう、コウイチは実は意外と図太いのだ。


「しかし意外とうまく行ったなぁ」


 あごを擦りながら米内よねうちさんがしみじみつぶやく。


 そう、米内よねうちさんに連絡して一応戦略レポートという形にしぃなの情報を整えてもらったのだ。つまり、一次情報としては結局しぃなの知識なのだった。


「まぁ、進行速度はこちらで確認したものだし、これから先遣せんけん調査隊の報告書も上がってくるだろうから、詳しい方針はそれを待つだろうとしても……。お偉方の会議が早めに終わってくれそうなのは、お前たちの手柄だな」


 ゆさゆさと米内よねうちさんの大きな手が頭をなでまわす。それからコウイチ、リエカ、ダイチ、しぃなの事も順番になでていく。ほめられるのはうれしい。


「だが、今回の作戦は急を要する上に、恐らくは突入作戦になるだろうから……、そうすると、胞子の中で自由に動けるお前達にも出撃命令が出るかもしれない。準備だけはきちんとしとけよ?」


 一転して米内よねうちさんは少しきびしめにそういった。それに返事と敬礼を返す。米内よねうちさんは重苦しくうなずいて、それからひらひらと手を振って基地の中へと引っ込んでいく。


「わたしたちはどうするの?」


 背中を見送ってからしぃながぎもんを口にした。班長らしく格好つけて答える。


「そりゃ、待機だよ。作戦が決まるまでは待機。決まったときにすぐ動けるように準備をしておく。それがおれたちの仕事さ」


「ヒトヨシくん、格好つけるの似合わない……!」

「ジーちゃん班長……、流石にそれはないわよ……」


 折角格好つけたのに、コウイチとリエカに台無しにされた。しかもダイチはダイチで苦笑いを浮かべてやがる……! 


「分かった。お部屋に戻ろう」


 しかしびみょうな空気の中でもしぃなは一切動じなかった。すごいヤツだ。

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