第22話 早すぎる再会

 命依は瓜から名前を呼ばれても、どこかピンと来ない顔だった。


「……誰?」

「や、やだなぁ。昨日の今日でもう忘れちゃったの? 瓜だよ。死倒瓜しばたうり


 名前を覚えていないわけではない。

 ただ、それでも命依は納得できない顔のままだ。


「……死倒って片メカクレ属性はなかったと思うけど……もっと陽な感じだったし」

「し、司会の仕事してないときはこんな感じだよぉ」


 服装が違う——あの普段使いなどできるはずもないバニーガール姿ではなく、フォーマルなスカートタイプのスーツ——のは当然として。


 髪型が違う。メイクも違う。ついでに言うなら姿勢もやや視線を気にするような猫背気味。


 昨日見た司会進行役を堂々とこなしていた瓜とは一見して同一人物だとは思えない。


「で。死倒はなんでここに? オフなの?」

「ううん、お仕事はあるよ。でも私の作業形態って結構特殊でね。時間が空いたときはこうやって漫画喫茶に来れるんだぁ」


 ——数時間単位で空かないと漫画喫茶なんて来れなくないか?


 運春はそう思ったが、しかしここはアンダーアルカディアで。相手はそこで働くディーラーだ。地上の常識が通用しないのかもしれない。


「もうすっかり味がしなくなるまで何回も見た映画を流しながら、漫画読んでゴロゴロして寝て食べて飲んで……こういう時間が最高なんだよねぇ」

「否定はしねーけど。仕事の合間にやることじゃねえな……」

「オフだとガチ目のインドア派なんだね、死倒」


 司会をやっているときとは違う、トロリと溶けたような笑顔を浮かべている瓜は確かに幸せそうだった。


「私はこれで。さ、運春くん。個室だからって命依ちゃんに変なことしないようにね」

「するかボケ。相手小学生だぞ」

「じゃあ、されないようにね」

「もっとありえねぇよ!」

「ごゆっくりー」


 と、言いたいことを言うだけ言って瓜は消えていってしまった。

 どうも陽気が消えても口が減るということはないようだ。


「なにがごゆっくり、だ。店員でもないくせに」

「……そうでもないみたいだよ」

「あん?」


 命依の方を見ると、いつの間にか彼女はこの漫画喫茶のチラシを手にしていた。


 今やっているキャンペーンの宣伝をしているが、命依はその内容には目もくれず、下の方の細かい文字の方を指さしている。


『漫画喫茶エイトライブ

 代表取締役:死倒瓜』


「ここアイツがトップなのかよ!?」

「どうする? 僕は気にしないけど、運春がイヤなら別の場所に行くよ?」


 少しだけ考える。


 そして、すぐに答えは出た。


「……別に嫌がらせされたわけじゃねーしな」

「じゃ、さっさと部屋取ろうか」


◆◆◆


 時間潰しは終了し、戦いの場へと足を向ける。


 辿り着いた先は、前の戦いの舞台となったビルより更に階層が積み重なった超高層建築物だった。


「ここって……」

「命依? どうかしたか?」

「いや。ちょっと知ってるビルだったってだけ。有名なんだ、ここ」

「有名?」


 少し不吉なくらい神妙な顔をする命依は、そのままなにもなければ解説をしただろう。


 だが——


「別名『フルギミックタワー』。あくまで傾向やけど、ここでやるギャンブルは平均より一層大掛かりなものになりやすいって風聞やろ?」


 ちょっとした横槍に二人は呆気に取られた。


 ゾワ、と触られてもいないのに背中にムカデが這い回るような怖気。


 普段はそんなものとはほとんど無縁な世界で生きていた運春にすら明確にわかるだった。


「どこの誰とるんやろうなぁ、と思ったら。どうも知らん顔でもなさそうやな?」


 いつの間に後ろにいたのか。パンキッシュなシャツとコート、シルバーのアクセサリーを身に付けた女性が立っていた。


 身長はハイヒールで、運春に並ぶ程度。


 一度見れば忘れることができない美貌と、メリハリのある身体。そして声。


「……まさか……物質院涙々ぶっしついんるいるい?」

「おや。まあ。私のこと知っとるんやな?」


 涙々が自分のことを上から下まで観察するのを見て、しまった、と運春は思った。


 制服で着の身着のまま来てしまったので身元がバレる(あとついでにゲーム次第では服が汚れるし破れる)。


 同じ学校の人間に出会って、初めて気付いた。ここでは私服の方が都合がいい。


「……まさか噂の佐島運春さじまさだはるくんとはなぁ。世間って狭いわー」

「なっ……!?」

「『何故名前を!?』……っていう質問はなしやで。今日あんな騒ぎ起こしたんやから。知らん方がおかしいやろ」


 あの騒ぎを起こしたのは正確には運春ではないのだが。


 ひとまず、疑問の一つは氷解した。次に残った質問は——


「なんで、お前がここにいる?」

「……この時間に、ここにおるってことは。もうわかっとるやろ? お互いに」


 猫のような可愛らしい目が、細められて刺すような視線を作る。


「……ご愁傷様。自分らの対戦相手、私やで」

「へえ。なんだか知らないけど、運春の知り合いなんだ?」


 狼狽する運春を庇うように、命依が一歩前へ出る。


「自信通りの実力があるといいね。どう頑張っても僕ら以下だろうけど」

「……ふふふ! エラい可愛らしいなぁ。泣き顔はどないか知らんけど」


 そうして会話が切れ、しばらく睨み合った後。

 涙々は二人を横切り、薄く笑いながらビルへと入っていった。


「……命依。一つだけ言っておく。アイツは」

「危険なヤツ、でしょ。目を見ればある程度わかるよ。でも——」


 すう、と息を整えて、誓うように言った。


「僕らが勝つさ」

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