第21話 緊急脱出装置

「なんや? やかましいなぁ」


 トイレを済まし、帰りのホームルームへと急ぐ涙々は、空から響くプロペラ音とワルキューレの騎行に眉を顰める。


 どうやら校庭にヘリコプターでホバリングしにきたバカが出たらしく、学校中が騒然としていた。


 運春、という生徒を迎えに来たらしい。


(ネジが飛んだヤツもいるもんや)


 他人事のように考えながらも、絵面は気になったので近くの教室の窓から眺めてみる。


 一人のチャラい見た目の男子高校生が、教室の窓から跳ぶところが見えた。


「は?」


 ヘリの開いたドアに向かって跳んだ——のではなく、ヘリから垂れ下がっている縄梯子に向かって跳んでいた。


 片手が縄梯子を掴み、大きく揺れたという瞬間を涙々が認識すると、もう用無しとばかりにヘリは上昇。


「ちょ、バカ! せめて俺をヘリの中に入れてから、あああああああ……」


 悲鳴を上げながら、男子生徒とヘリはどこかへと飛んで行った。


(……えげつな。落ちるで、どっかで。知らんけど)


 見ず知らずの『運春くん』を心配したが、五秒すると自分には関係ないと思考を切り替えた。


 今日は大事な用事があるので。


(さて。次のゲームは……夜の七時やな)


◆◆◆


「殺す気かァ!?」

「落ちても死なないでしょ?」

「俺の真下に誰かいたらそいつが死ぬわ!」


 結果だけ言えば、運春は落ちなかった。自力でなんとか縄梯子を登攀し、ヘリの内部へと入ることに成功した。


「一から十までなに考えてんだ!? ヘリで迎えに来るとか! まだホームルーム終わってないのに飛び出しちまったよ!」

「平気でしょ。運春の学校ってだし。ヘリ程度なら全然許してくれるって」

「……マジで有名なのかよ! それ!」

「まあ出席と単位は金では絶対売らないらしいけど」

「なんだその中途半端な潔癖さは!」

「……二年生のくせに、なにを今更言ってるの?」


 校則のことは今日知ったんだよ!


 ……と大声で言うのも、もはやバカらしいので閉口した。

 急に会話が途切れたので命依は首を傾げたが、すぐに気を取り直して本題に入った。


「運春。次のゲームの誘いだよ。すぐ行こう」

「……二日連続でか? 俺は完治してるけど、ハイペースすぎるな」

「申請したのはこっちだけど、普通ならありえない頻度だよ。なんだろう、前回のゲームが余程気に入られたのか……あるいは」

「……流石にズルすぎてか?」


 命依自身も、その可能性には既に至っているらしく、特に補足はしなかった。代わりに運春が言葉を続ける。


「……俺でも防げない死因がある。あくまでまだ死んだことがない以上、自己申告でしかないけど」

「聞かせて?」

。流石にアレはヤバかった」

「……ヤバかった?」


 いかにも死にかけた、という口調で言うので命依も聞き返す。


「子供のころに山で遭難してな。まあ……二日でどうにかなったけど。お腹減りすぎて死ぬかと思った」

「キミも結構な修羅場潜り抜けてるね……」

「正確に言うなら栄養失調と脱水は無理だ。他の連中と変わらない」

「わかった。考慮しておく」

「ところで。先にこれは確認しておきたい……てか、前の時点で確認しておくべきだったんだが」


 あまりにも根本的すぎて、疑問に思うのが遅れすぎた事実の確認に入る。


「お前、どうしてそんなに金が欲しいんだ?」

「……?」


 運春との会話には常ににこやかに、上機嫌に答えていた命依にしては珍しく言葉に詰まった。


 質問の意味がわからない、とでも言いたげに。


「……お金はお金でしょ? たくさんあればあるほど、いいものだし」

「そこは……否定できないけど。ここまでして欲しがる理由が知りたくて」

「幸せになりたいと思うことに理由なんてないよ。そうだよね?」


 理由はない。それも運春が想定していた返答の一つだ。だから、この時点で質問の意図は達成されている。


 故にこれ以上の返答は期待していなかったのだが。


「……孫の代まで遊べるようなお金が欲しいんだ」


 何故か、命依のその言葉が妙に、耳に引っかかった。


◆◆◆


 ヘリコプターは昨日のDKKIのビルの屋上に止まり、運春たちはエレベーターでアンダーアルカディアへと降下する。


 二度目だとしても、やはり驚きはまだ消えない光景。超巨大ジオフロントという非現実的なロケーションに、未だに高揚する。


「そういや、ゲームの開始っていつなんだ?」

「夜の七時だね」

「まだ全然時間空いてるじゃねーかよ。どうすんだ? またショッピングか?」


 正直な話、連日は勘弁して貰いたいのだが。

 そんな態度が露骨だったのか、命依は苦笑した。


「いいよ、流石に今日は。漫画喫茶にでも引き篭もろう?」

「なんか急に庶民的になったな……まあそっちのがありがたいけど」


 アンダーアルカディアにも漫画喫茶が当然のようにあるのだなぁ、と感心しながら先導する命依についていく。


◆◆◆


「あっ」

「……ん? お前……」


 そして軽い気持ちで辿り着いた漫画喫茶内で。


死倒しばた……か?」

「……ぐ、偶然……だね。運春くん。命依ちゃん」


 スーツ姿で、ドリンクバーから出したドクターペッパーを持った瓜と出会った。

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