第18話 ユウジョウ! ユウジョウ!

死倒しばた。アイツの負け分を今すぐ計算してくれないか?」

『え? えーと、最初は20AP、次は80AP、次が……』

「いや、単純に所持金がマイナスになってないかだけ聞きたいんだ。できれば詳細な金額も」

『結構貯め込んでたけど、見事にブッ飛んだね。2400APのマイナス。毎度キリがいいようにAPを貯めたり使ったりしていたみたいだから、これは計算しやすかったよ』


 大分あっさり教えてくれた。他人の口座の預金額を教えているも同然なので、運春としてはあくまで『言ってみるだけタダ』のつもりだったのだが。


「あー、マイナスになっちゃったんだ。首輪付きコース?」

『いいプレイヤーだったんだけど……このままだと、確実にそうだね』

「首輪付き?」


 知らない単語を交えて喋る命依と瓜に割り込むと、命依が教えてくれた。


「ま、簡単に言えば借金返すまで地上には戻れないってこと」

「……二億四千万円を? 返却するまで?」


 普通に一生かけても無理だろう。仮に可能だったとしても、終わるころにはヨボヨボのお爺さんになってしまう。


「ま、高額ギャンブルしている限りは当然のリスクだよね。気になることってそれだけ?」

「……ああ。うん。あとは俺への金の分配かな」

「心配しないでもちゃんと渡すってば。いくらがいい?」

「2400AP」

「……ん?」


 つい最近聞いたような金額に、命依は怪訝そうに片眉を上げた。


「……流石にボりすぎか?」

「別に半分くらいは余裕であげてもいいけど……」

『あ、お金の処理と新規アルカディアカードの発行はこのビルでできるよ。あとポイントの譲渡もお互いの合意があれば課税なしで即いけるし』

「ついさっき敵だったヤツ相手でもか?」


 そこまで言えば、流石に天翔も驚いて顔を上げた。


「……なんのつもりだ? 情けをかけるつもりか?」

「むしろこっちが訊きたいくらいなんだが。お前、本当に覚えてないんだな」

「覚えてない? なんの話……んん?」


 負けて、すぐに冷静さを取り戻すのは驚嘆に値する精神力だった。

 普段と同等の思考力を取り戻し、ここまでヒントを与えれば、天翔も自力で気付ける。


「……サジ?」

「やーっと気付きやがった。同じ高校なのによ」


 最初は恐る恐ると言った感じで確認した天翔も、肯定の言葉を聞くとすぐに運春のことを頭から爪先まで往復して見定める。


「は!? えっ!? いや、確かに学校でなんとなく見た覚えはあるけど……サジ!? お前が!?」

「なんだよ」

「見た目チャラくなりすぎだろ!? 小学校のときとは大違いだ!」

「お前に言われたくねぇッ!」

「運春の子供時代……気になる」

『なんで?』


 後ろで命依が不穏なことを言っていたが、久しぶりの知己に会ったようなやり取りは続いていた。


「……ともかく理由はわかったろ。マイナス分は補填してやるからさっさと地上に帰れよ」

「ま、待て。二億オーバーだぞ!? それもお前が血を流して手に入れた大金だぞ!? それを――」

「命依。頼む」

「……納得いかないけど。仕方ないな。死倒、手続きお願い。アイツのマイナス分を帳消しにする額を譲渡する」

『了解ー』


 瓜がどこからともなくタブレットを取り出し、それを数回タッチとスワイプをする。


 程なくしてピロン、という電子音が響き、手続きは終わったようだった。


『はい、これで終了。借金はゼロだから、天翔くんは地上に問題なく戻れるよー』

「サジ、お前……」

「何億貰おうが、流石にナシだろ。友達を置き去りにして帰るのはさ」

「……それ言うなら友達と命懸けのギャンブルすること自体がナシだと思うが……」

「同情を引いて手加減してもらうのも、なんか違うだろ」

「武士か?」

「何億スッたかは一々計算したくもないからスルーするけどさ」


 やっと全身の間接をハメ終えた運春は立ち上がり、身体の調子を確かめながら天翔に言った。


「程々にしとけよ。が悲しむぞ」

「……礼は、しないぞ。お前が勝手にやったことだしな」

「はあああああああ!? ふざけんな! 一生恩に着ろ! 俺のことを様付けで呼べ!」

「せっかく格好よく決めてたところを台無しにするなァッ! 付き合ってられないぞ! 帰る!」

「あっ、おい!」


 運春の制止を完全無視し、駆け足で天翔はエレベーターに乗り、帰っていった。


「……ちっ。まあいいか。次に学校で会ったときにでも話せば」

「それでさぁ」


 呆れを隠さない声色の命依が、素直に訊いた。


「……キミの儲けゼロになっちゃったけど。いいの?」


◆◆◆◆


「小学校の高学年からの友達で、中学は別々。高校は一緒だったけど、なんか話す機会を逃し続けて今に至る。そんな感じだったんだよ。俺とヒノはさ」


 よくよく考えれば、親に連絡もしないで外食は外聞が悪いので、打ち上げはせずに運春も直帰することにした。

 今は行きに使ったのと同じリムジンに揺られながら、すっかり暗くなった外を見ている。


「まー、ビックリしたわな。まさかあんな場所で話す機会を得るとは。しかも大金を奪い合う敵同士。命依に雇われた身としては、下手なことは言えないし」

「何度もキミの名前を僕も死倒も連呼していた。それなのに、気付かなかったよね。余程鈍感だったのかな?」

「アイツ、俺のあだ名しか知らない……いや、覚えてない節あったしなぁ。仕方ないさ」


 それより、と運春は話題を転換させる。


「ありがとな。制服直してくれて。ついでに銭湯代も奢ってもらったし」

「……まあ、この程度はね。そもそもキミが二億四千万を手放さなければ自前でなんとかなったことではあるんだけど」


 などという雑談の中、命依は苦笑いを噛み潰していた。


(……銭湯だって? マジで笑うしかないよね。傷がもうすっかり塞がっている)


 血痕はあっても出血は止まっているし、カサブタもいつの間にか段々取れてきている。

 正直、ギャンブル中のもう一つの懸念点がこれだった。


 実は毎回、十分しない内に怪我が治りかけていたのだ。運春の異常な体質に気付かれたら、その時点で儲けが激減するところだった。


(次からはこのあたりも計算に入れないと……思ったより運春の利用価値が高すぎる)


 慣れない武器を急に鉄火場に持ち込むべきではない。本当はもっとテストしてから投入するはずだったのだが、予定が完全に狂ってしまった。


 あまりにも招待が早すぎたために。


 そんな思案を知らず、運春は儲けを投げ捨てたことを突いた命依の言動を真に受けて、しどろもどろに弁明する。


「悪かったよ……次があったら、また友達が敵に回ったりしない限りはこんなことしないって……」

「次……」


 チラリ、と命依が運春を見ると、視線が絡み合った。


「やるっつってたろ。やめるのならそれはそれでいいけど、そんなつもりも無さそうだし」

「……うん。ないよ。ないない」


 命依はそれだけ言うと、顔を背けた。


 運春は気付いていない。命依が運春を誘った理由は名目上、純粋に金目的だったものの、それは建前に過ぎないということを。


 鼻歌でベルガマスク組曲の『月の光』を歌っている様を見れば、上機嫌になっていること程度は推測できるが。


「……ふふっ」


 その真意は運春への純粋な好意で。


 一緒になにかできれば活動自体はなんでも良くて。


 あの勧誘は実質ただのナンパであったことなど。


 いくらなんでも気付けるはずがなかった。

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