第19話 クリアー! 次のステージへ!
アンダーアルカディアのカジノ運営委員会は、表に顔を出すもの以外は普通の会社とそう変わらない。
オフィスがあり、会議室があり、事後処理がある。
そして、
「で。いくらなんでも開発部が『人間なら原理上絶対に耐えられないライン』と規定したダメージを無効化する人間が、上級カジノにいたらゲームが成り立たないわけですが」
客向けでもプレイヤー向けでもない口調の瓜は、上司に対してやや疲れたような顔色だった。
「困ったことに、視聴率と集金率は本当にいいんですよね。あそこまで無茶やられると注目せざるを得ないので」
「とは言え、扱いにくいのは問題だな」
死倒の上司――褐色の肌と、真っ赤な髪が特徴の男――は面倒ごとを嫌う性質だ。
正直、混沌と予想外の方が好きな瓜としてはあまり趣味の合わない人間ではあるが、こういうイレギュラーが起こったときには確実に報告しなければならない。
そして、こういうイレギュラーを見たときの上司の対応で、瓜が納得したことは一度たりともなかった。
「
やはり今回も、あまり愉快な提案をよこさなかった。
「……いくらなんでも彼女を使うのはやり過ぎでは?」
「面倒だ。こういう無視できない石ころは、あのイカレを使って排除するのが一番早い。我々がやっているのは猛獣の飼育ではなく、ただの興行なのだからな。
それに、カードとしては十分面白いだろう?」
納得はできない。できないが――
(クッソ。確かに、視聴率は問題なく稼げるだろうな……!)
反論するだけの材料がない。
異名、
「現アンダーアルカディアの上級カジノ、純利益ランキング第一位。もっとも勝っていて、もっとも強く、もっともイカレたあの女……
◆◆◆
どれだけの激闘を経た後だろうが、借金地獄にまみれようが、大金を手にしようが、平等に訪れる現実というものがある。
時間は緩やかにも早まりもせず、朝が来て、学校や仕事の時間になるという一連のルーチンがまさにそうだ。
「今日は一段と顔が死んでたじゃない? 運春」
ショートカットの女子が、放課後に入る直前のホームルームでからかうように話しかけてきた。
運春の小学生のころからの幼馴染で、なんでも気軽に話せる仲のハルコ・ベルグランディだ。
「ああ。昨日はひどい目に遭ったからな。色々あって母さんにもすげぇ怒られたし。正直またズル休みしたかったよ」
「出席率足りなくて留年したいのならどうぞ」
「
「……単純に、それ以前に楽しいイベントを逃しちゃうからお勧めはしないけどね」
「楽しいイベント?」
「珍しい時期に美人の転校生が現れる、とか」
そんなイベント、そうそうないだろう。フィクション作品ではよく聞くが。
という態度を隠さなかったので、ハルコも即で答えた。
「いやいや、本当にあったんだよ。しかもすっごい美人がさぁ」
「……今日一日そんなヤツ見てないが」
「まあ、このクラスに、ではないからね」
じゃあまったくもって他人事じゃねぇか、と口をつきそうになったあたりで――
何人かのクラスメイトが、ドアから顔を覗かせて廊下を見ていることに気付いた。
「……なんだ?」
「ああ。うん。他人事……で済ますには、ちょっと目立つなって話」
「あん?」
廊下から漏れ聞こえてくるのは、怒号。悲鳴。はやし立てるようなギャラリーの声。
「……っていうか……喧嘩か?」
◆◆◆◆
廊下に滴る鮮血。床を転げまわるガタイのいい男子生徒。それに心配そうに声を投げかける仲間と、危険人物と相対する仲間。
それらを睥睨しながら、女子生徒は小首を傾げていた。
「不思議やなぁ。なんでそんなに泣き喚いてん?」
「お前が俺のツレを思い切りひっぱたいたからだよッ! なにしてくれてんだテメェ! 初めて見たよ、パンチで顔面がマジに歪んでる人間!」
返答を得られた女子生徒は、またコテン、と逆方向に首を傾げた。
「……色男にしてやったんや。感謝されてもええくらいやろ」
「イカレてんのかテメェ! どこの世界に殴られて感謝するヤツがいるってんだ!?」
「重ねて殴ったのは美少女やで? 男の夢やろ、
「限度って言葉をその年まで知らずに育ったのか!?」
美少女を自称するだけあって、その女子生徒は確かに息を飲むほど美しかった。
平均より高い身長。ボリュームとメリハリのある身体。愛玩動物のような純真無垢さを感じさせる丸っこい目。
豊かな髪を赤いリボンで緩く後ろで二又にして、一見するとどこかの巫女のような神秘的な雰囲気も漂っている。
右手が血で濡れていることに目を瞑れば、だが。
「私は常々思っとるんや。ナンパする人間は、常に殺される覚悟を持たないとアカンって」
「は……?」
「ナンパされる側も時間を使ぉてるわけやし。なにより、複数人で女の子を囲うように立ったらおっかないやろ。思わず手が出てもしゃーないと思わんの?」
「いや……重ね重ね言うけど、それでもこの威力のパンチは頭おかしいだろ!?」
至極真っ当な反論を受けていた少女は、わざとらしく長い溜息を吐く。
面倒だなぁ、という態度を一切隠しもせず、次に吐き捨てられた言葉は――
「死んでないだけマシやろ」
男たちを逆上させるには十分だった。
「テメェ、もう許さ――」
ところで。ここは二階である。
当然、そのことは少女も逆上した男子生徒たちにとっても、周知の事実である。
にも拘わらず。
「えっ」
逆上した男たちは、自分が窓を突き破ったことを理解した。
遅れて、どこにそんな膂力があったのかは不明ながら、自分を投げたのが誰なのかも理解した。
落ちる寸前、その殺意満点の目を見れば、誰でも理解できる。
この女とは、関わり合いになるべきではなかったという事実とセットで。
無抵抗に、二人揃って落ちていく。
落下音を聞き届けた後、少女は窓の外の木と青い空を見ながら、深呼吸。
「ザコどもが……私に手傷一つ負わせられないんなら、最初から話しかけてくんなやああああああああッ!」
そして、絶叫。心の底からの激怒だった。
顔の歪んだ生徒も、恐れのあまり足をもつれさせながら逃げていく。
「害にも益にもなれないのなら私の人生に二度と入ってくんなや! 私の時間をなんやと思っとるんや! テメェらザコどもと私の時間の価値には隔絶した差がある! それすらわからん頭ザコザコカスどもがいっちょ前に発情してんなやあああああああっ!」
ひとしきり絶叫した後、ふー、ふー、と息を整え。
「……なあ」
ギャラリーに、無造作に声をかけた。小さく悲鳴を上げる生徒もいたが、窓から投げ捨てられるのはイヤなので大人しく二の句を待つ。
「……トイレ、どこや? 転校してきたばっかで、迷ってて……」
少女の名は
やや方向音痴のギャンブラーだ。
END
→→→→
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ブラインド・ロスグライド
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