第17話 All or Nothing!

「このゲームは目的があまりにもあからさまだった。レベルアップしていく刑罰に、ゲームが進むごとにロスしていく賭け金。キミの言ったように最初から最後まで度胸試しチキンレースでしかなかったよ。

 最後に死倒しばたが言ったように、恐怖リスク欲望リターンをひたすら秤にかけるゲーム。


 裏を返せば、この計算を狂わせることさえできれば勝機なんていくらでもある。のがキミの最大の間違いだ」


 ベキンッ、とかごりゅ、とかいう音がバックで響いている。

 外れた間接を、運春が元の位置へと戻している音のようだった。


 朗々と語る命依は、あまり関係ないような顔をしているが。


「正々堂々とした勝負が好きなのかな。最初に僕が格安で運春をスタントに使っているってことを聞いたとき、キミはひたすらイヤそうな反応を見せた。ゲーム中も、打算というよりかは本心から運春のことを心配していたしね。


 この状況シナリオを思いついたのは本当に即だったよ。最後の最後にって踏んだんだ」

「……そうだ。それだ! 一体どうやって最後の刑罰を……」


 やっと天翔が我に返り、最大の疑問点を指摘する。命依はニコリと笑って、サラリと言った。


「運春はとても身体が頑丈なの。だから死ななかったんだ」

「は?」

「ごめんね。どうしても裏も表もなくこう言うしかなくってさ。でも事実だよ」

「えっ?」

「このゲーム、僕たちだけがひたすら有利だったんだよね。文字通り最初から」

「ふざけてんのか!?」


 しかし実際に、運春は血の海から生還し、まったくもって平気そうな顔だ。命依のネタばらしを大人しく聞いている。


 それに、この話が事実だという根拠に天翔は心当たりがあった。


「大真面目に絶対に上手くいくって思ったよ。ダメ押しもあったしね」

「ダメ押し……」

「キミも聞いていたでしょ? 死倒のゲーム開始直前の宣言」


◆◆◆◆


『また、この勝負の様子はカメラ越しに常に我々が見ています。脈拍、呼吸、瞳孔の拡縮、発汗、苦痛に対する生理的な反応までもをすべて数字に直して計測することが可能です。対戦相手ならともかく運営に対しての嘘は吐けないものと心得てください』


◆◆◆◆


「ここまで言うからには、どれだけ迫真の死んだフリをしたとしても。実際に二分間、ちゃんと待ってくれたよ」

『……最初は計器類の故障を疑ったくらいだよ……ていうか実際に、開発班もレベル5の刑罰は人間では絶対に耐え切れない攻撃にするって言ってたし……』

「……その二分間っていうのは」


「当然、被告人側がどの証言台を選ぶかの猶予のことだよ。時間内に選べなかったら失格ってちゃんとルールで言われてたでしょ?

 気が動転しててわからなかった? 刑が終わって僕が運春に駆け寄ったとき、タブレットをキチンと持ってたんだよ。

 で、キミが当事者席からフラフラと出てきたタイミングを見計らって、運春の身体の影に隠したタブレットで僕は陪審員を買収する操作を終わらせた。


 タブの操作権は被告人側のキミに移って、キミが知らない内に選択時間をオーバーしてしまった。後はタブを運春の身体の下に隠しておけば、なにもかもキミの目からは隠れて見えないってわけ」


 血の海の中に沈んだタブレットに、ようやく天翔は目を留めた。

 物証があれば、もはや命依の言うことに一切の疑問の余地はない。


 天翔は、負けたのだ。


「正直最初は本当にヒヤヒヤしてたんだ。僕と運春に勝つ方法として、運春を離脱させるって手は間違いなく王道だったから。

 でもキミはあまりに人が良すぎて、冷静さを保つことが絶対のこのゲームにおいて不要すぎる恐怖リスクを背負ってしまった。このゲームは、慈善事業でもヒーローごっこでもない。ただの大金を賭けた真剣勝負なのにね。


 日登天翔ひのぼりあまと。思い知った? キミの力じゃ、僕らの勝利は揺らがない」


◆◆◆◆


 解説付きの勝利宣言は終わった。


 後の運春に残ったものと言えば、我慢できなくはないレベルの激痛と『腹が減ったな』という間抜けな感想だけだった。


(そういえば、結局いくら勝ったんだっけ)

『ではでは! ゲームリザルトの発表でーーーす!』


 中空に、金色のゴテゴテとした数字が浮かび上がる。


 日登天翔ターンによるプラス:


 15+60+240+3840=4155AP


 汀命依ターンによるロス:


 4+16+64+256=340AP


 運営による賞金:


 1024AP


 ゲームリザルト:


 4839AP


『総計! 4839APを汀命依プレイヤーは獲得! 日本円換算、四億八千三百九十万円ッ! 重ねて! 重ねて! おめでとうございまーーーす!』

「……よっ……よんおく……!?」


 頭が痺れ、痛みがどこかに吹っ飛んでいくような超大金だった。おそらく一般人では一生そんな纏まった金など見ることもないだろう。


「運春……運春ってば!」

「あっ、おっ……おう」


 フリーズしていた時間は一瞬だったのか、もっと長かったのか。

 どちらにせよ、運春は命依の声で意識を取り戻した。


 花が開くような笑顔で、命依は言う。


「早く行こう! 祝勝会しなきゃ!」

「あ……」


 そこで、ふと。声に詰まった。

 どうしても気になることがあったから。


「……いや。まだだ」


 大勝したのは、別にいい。だが、これはギャンブルだ。ならば――


「ごめん。ちょっといいか?」

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