第16話 ゲームセット

「……死んでない……な?」

「やっぱり中になにかを着込んでたね。多分いざってときに電気的な心マする装置かな」

「……あー、ビビった。流石に落雷はダメかと……」

「じゃあ運春。あとはよろしくね。符牒は忘れてないでしょ?」

「今度の刑はアレ以上かぁ……でも」

「でも?」

「やってやる。だから勝てよ」


◆◆◆◆


 レベル4の刑は、ギリギリではあるものの耐えることができた。

 だがおそらく次はない。レベル5の刑は間違いなく救命の余地なく、即死級のダメージが入るだろう。


 よって、買収フェイズが終わったことを命依と運春が認識すれば、その時点で勝ち確定だ。


 当たれば死ぬ攻撃が予測できる状況で踏み出すわけがない。


 ところで、感電事故や落雷事故に遭った人間にはありがちなことだが、天翔の頭はかなりぼんやりとしていた。


「……んあ?」


 なので。気がついたときには運春が証言台に立っていた。


「……はあ? お前、なにやって——」


 そして。気がついたときには判決が出ていた。全員買収していたので当然有罪。


 刑の名前は『陪審員が直でお前をクラッシュの刑』だ。


 直後、建物全体に響き渡るような地響き。

 そしてバキ、というなにかが壊れるような音。


 朦朧としていた意識が晴れていく。

 何故? という疑問を挟む余地はない。理由などハッキリしている。


 自分に向けられたものではないとは言え、明確すぎる死の重圧が天翔の意識を叩き起こした。


(ああ、そういえば俺ちゃんずっと疑問だったんだよなぁ。陪審員がなんでカーテンで目隠しされているのか。そうか。理由が今更わかった。だったのか)


 カーテンの枠を粉砕し、向こうから出てきたのは――


 いかにもギリシャ産みたいな見た目の筋骨隆々な、灰色の神像だった。


 


「なっ……な、ななななな……そんなんアリかよォーーーッ!?」


 狼狽える天翔は完全無視して、灰色の神像はその拳を振り上げ――


「あ、ま、待っ――!」


 思い切り運春に振り下ろした。

 それだけで部屋に巻き起こる風。そして――


 天翔の身体が跳ね上がるような、大きな振動と破壊音。


 隕石でも降ってきたのかと錯覚する。どうやら拳は人間のそれとは違い、高密度の岩かなにかでできているようだった。


 当然、それに潰された運春は死ぬだろう。運が良くても大怪我は免れない。


 そして神像はそのまま帰る――と見せかけて、もう一回同じように拳を叩きつけた。


 更にもう一回。逆の手でもう一回。元の手でもう一回。足りないと思ったのか、足で踏み潰して踏みにじって。


 何回も何回も何回も、親の仇でも排除するかのように。


 内臓も震えるような振動を何回も撒き散らし、やっと満足した神像は、元々カーテンの向こうだった場所へと帰っていった。


 もう枠はないので、新しく天から幕が下りてきて、神像の姿を再び隠す。


 後に残ったのは――


「……あ、う……嘘だろ……!?」


 血の海に沈み、間接をありえない方向に曲げまくって沈黙する、元は運春だったなにか。


 それだけだった。


「運春!」


 静寂を取り戻した裁判場に、最初に響いたのは悲痛な命依の声。そして、駆け寄る彼女の小さな、だけど間隔の早い足音。


 すべてを、絶句して天翔は見ていた。立ち尽くすより他になかった。


! 運春、お願い!」


 起きるわけがない。すべてが、虚しく経過していく。


(殺した……俺ちゃんが……人を殺した……何故ギブアップをしなかった……?)


 フラ、と幽霊のような頼りない動きで当事者席から出る。

 嗚咽交じりの命依の声が、段々言葉として判別できなくなってくる。


 何故ギブアップを宣言しなかったのか、そんなことを聞ける雰囲気でも心情でもなく。


 そうやって、あまりに無常に


 裁判場内に、ファンファーレが鳴り響いた。


(……あ、そ、そうか。対戦相手が死亡したから決着が……)

『あの』


 瓜が、再び現れる。その顔は、信じがたいものを見るような目で命依と運春を見ていた。


『あの。あの。あの……なにこれ? どんな手を使ったの……? えっ、えっ?』

「……瓜?」

「……ぷっ……」


 嗚咽が、止んでいた。

 運春の死体に縋り付いていた命依の喉から漏れるのは


「くっ……くくくくく……あははははははははっ!」


 あまりにも場違いな、笑い声。

 耐えきれない、とばかりに彼女は運春に縋り付くのをやめて、仰け反って、仰向けになって転がって、腹を抱えて笑い出した。


「二分……結構長かったなぁ! やってみると! でも意外となんとかなるもんだねぇ!」

「……なんの話だ? なにがそんなにおかしい!? お前!」

「ああ。理由は死倒しばたの宣言の後でね。まだ明確に聞かないと安心できないから」


 天翔の叱り付けを完全無視し、命依は期待するような目を瓜に向ける。

 なにを言わんとしているかを瓜は理解したらしく、仕方ない、とばかりに声を張り上げた。


『……ゲームセット! リスクとリターン、恐怖と欲望を天秤で測る裁判場の死闘を制したのは――!』


 スポットライトが点灯。それが照らしたのは天翔、






『命依アンド運春コンビーーーッ! コングラッチュレーーーションッ!』






 ではなく、転がりまわる命依と運春の死体だった。


「……は、ばっ……な、な、なっ……」


 グチャア、と天翔の視界が歪む。あまりにあんまりな現実を前にして。


「なに言ってんだ瓜テメェーーーッ!? どこに目ェ付けてんだッ!? 勝利条件を満たしているのはどっからどう見ても俺ちゃんの方だろうがァッ!」

『い、いやでもっ……でもぉっ』


 迫っても、何故か瓜の歯切れが悪い。どこをどう説明しようか、と悩んでいるかのように。


。これが決まり手でしょ? 死倒」

『……あの……何回も聞くけどさ……なんなのこれ? どうやったの?』

「なんだ……なんの話をしている?」

「こんな話をしている! もういいよ、運春」


 むくり、となにかが起き上がった。


 いや、なにかじゃない。死んだ人間は物体扱いしても不自然ではないかもしれないが、死んでないのなら物体ではない。


 それは大きく息を吸って、大きくゴボリと血の塊を吐いて、咳き込んだ。


「痛っっってぇーーー!」

『普通なら痛いでは済まないんだけども』

「……なっ……なん……はあ……?」


 運春が、死んでない。いよいよ物事の処理できるキャパを大きく超えた天翔は、意味のある言葉を出力できなくなる。


「じゃ、始めよっか。ネタばらし」


 命依しょうしゃだけが、笑っていた。

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