第13話 本当に度胸試しなのか?

 レベル2の刑はカナヅチではなく、少し大型になったハンマーを射出する。『スレッジハンマーで両肩ブッ壊しの刑』という名前の刑のようだった。


 両肩、と言うからには出て来るスレッジハンマーは二つ。今度は飛来の速度そのものは遅かった。


 ただしはまったくの別。


 足が固定されている状態では当然防御しかないが、高速回転するスレッジハンマーを生身でガードする方法は皆無。当然、激突した。


 腕で精一杯ガードしようとはしたようだが、足を絡められた状態では真っ当な防御姿勢など取れるはずもない。むしろ逆にダメージが増える可能性まである。

 ごりゅ、と普段聞いたこともないような音を立ててハンマーが運春さだはるの両腕にめりこんだ。


「……ぐっ……あ……がっ……!」


 今度はもう痛みのあまり大声すら上げられない。その場に蹲って腕を庇おうとするが、そもそもどちらの腕にもダメージがあるので、油が切れた機械のようにぎこちない動きしかできないようだった。


(……さて。ここから甘い言葉を吐いて、どうにかコイツをドロップアウトさせないと)

「運春。立って」


 天翔あまとは開いた口が塞がらなくなった。

 自分の味方に対し、下手すぎる口を効く女を目にして。


「……えっ!? お、おい!」


 流石に素に戻って抗議しかける。

 だが天翔がなにかを言う前に、運春は従順に立ち上がってフラフラと命依めいの元へと歩いて行ってしまう。


「うん。いい子いい子。そこにいられると困るからさ。万が一そいつがレベル3の刑食らったら、巻き添えになっちゃうじゃない?」


 心配の仕方が完全にズレている。

 そしてこの口振りからわかることがもう一つ。


「……また当てる気がないのか?」


 天翔が訊くと、命依はすう、と表情を消した。

 そのとき、命依が運春に話しかけるときはいつでも優しく、上機嫌に対応しているということに初めて気付いた。


 演技じゃない。本当に命依は運春のことを気に入っている。にも関わらず、この仕打ち。


「……運春を休ませたらすぐに買収終わらせるからさ。タブでも見て待ってなよ」

「休ませてどうにかなる範疇は超えているが……?」


 この分だと、天翔がなにを言うまでもなく運春から命依への印象は最悪だろう。ドロップアウトを勧めるチャンスもまだいくらでもある。


 真っ当に考えれば、こんな人付き合いレベルがマイナス100の幼女に付き従う義理がどこにもないことくらいすぐに気付くだろう。

 気付くはず、なのだが。


(そのはずなんだが……なんだ? この二人の関係は……ここまであからさまにいびつだと、真っ当なペラ回しでどうにかできる気がしない……)


 抗議の声を一切上げない運春の姿を見ると、どこか勝負の歯車がかみ合ってない感覚がする。

 ルール上、大きな見落としなどないし、できるはずもないにも関わらず。


◆◆◆


「大丈夫……じゃなさそうだね。流石に。でも頑張って。運春だけが頼りだからさ」

「……痛いことには痛いんだぞ」

「お金のために耐えて?」

「それじゃ限度があるっつーの」

「……それでも、お願い」

「……あー……」


◆◆◆


(……マジでなに考えてんだ?)


 二度目の命依の検察ターン。

 買収陪審員、再びの一人。


 当たる確率は五分の一なのだから、当たったとしても非現実的ではないラインではある。

 だが当たらない方が遥かに自然な確率だ。実際に天翔には当たってない。


「……いや、そうか。そういうことか?」


 このゲームの終着はどちらかのプレイヤー(スタント含む)が耐久力の限界を超えることであることは間違いない。

 ならば当然、その致死性が跳ね上がるラインが必ずあるはずだ。


 これが興行である以上レベル3まででは早すぎるが、ならばレベル5か? と訊かれればこれも多少の疑問符が付く。

 あまりにもあからさますぎるからだ。


(レベル3のラインでいきなり消極的になったら、狙いがバレバレすぎて警戒される……とでも思ったか? おまじない程度の効果しかなかったが)


 命依は致死のラインがレベル4であることに賭けている。おそらくこれが真意だ。


(運営がこのゲームで儲けるには当然、買収額の四分の一の合計が1024ポイントを超えなければならない。つまり、ある程度泥仕合を演じて貰わないと利益なんか出ないわけだが。元々このゲームは興行だ。ゲーム代で稼ごうというデザインを完全に放り投げている可能性は高い。

 なら致死のラインがレベル4からである、と考えるのも至極当然の思考回路ではあるが)


 なお、レベル4の買収額は256アルカディアポイント。確実に当てるために全員を買収した場合は1280アルカディアポイントで、この場合の四分の一のロスは320ポイント。およそ賞金額の三分の一に迫る大金だが、運営目線だと全部は回収できない。


(このゲームはどこまで言っても度胸試しチキンレースだ。結局レベル4とレベル5のどっちに賭けるか、という話に終始してしまう。今ごろ瓜は客たちを煽っているんだろうな。

 って)


 命依がレベル4で決着が付く可能性に賭けているのであれば、今レベル3で検察側になった天翔がすべての陪審員を買収するのは危険だ。

 次の手番で命依はわざとらしく宣言するだろう。『次は全員買収して当ててやる』と。


 ギブアップを促し、それで天翔が降りればよし。降りない場合、天翔が死ぬか行動不能になることをひたすら祈る。

 ここまで読んだ上で、天翔はその狙いに失笑した。


(合理的……ではあるんだろうな。だがこれはギャンブルだ。ならリスクがあろうとなんだろうと……アクセルベタ踏み一択だろ!)


 天翔が選んだのは、やはり愚直にすべての陪審員の買収――


「また全員買収するの?」

「……え」

「芸がないね」


 買収……しようとしたところで、退屈そうに命依は吐き捨てた。


(……まだ送信してないのに、なんで……)


 と、疑問を浮かべすぐ思い至る。


(まさか、手の動きを読んだのか? この距離で!? まさか!)


 偶然。そう考えるのが一番自然だ。だというのに、何故だろう。

 突然、命依の顔が得体の知れないバケモノに見え始めた。


(……そんなはずはない。ただのハッタリだ。仮に読まれたとして、それがどうした。なにをどう足掻いても確実に刑を食らうんだからな!)


 恐怖を振り払い、天翔は陪審員の買収を終えた。

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