第14話 不敬不敬不敬射殺射殺射殺

 今のところ順調に、レベルアップがそのまま刑の増強になっているのは間違いない。レベル3の刑の様子が、レベル4の刑に賭けるに値するか否かの判断材料になるはずだ。


 命依が作戦を変更するかどうか。ここから先、勝負の命運をあえてしばらく手放す選択をした天翔は気が気でない。


 だがこれがギャンブルだ。確かなものなど、お互いになにもないからこそ成立する勝負。

 道中は苦痛な上に不安定。だからこそ手に入る実は甘く瑞々しい。


 ダメージから立ち直ったのか、当事者席へと帰る足取りより軽やかな歩みで運春はまた証言台へとやってきた。


「頑丈だな? 俺ちゃん結構心配してたんだぜ?」

「ああ。でなきゃスタントになんて選ばれねぇよ」


 それもそうだ、と会話を中断する。

 問題はこの後だ。戦いの趨勢すうせいはここで決まる。少なくとも勝負の大まかな流れは。


 見守っていると、有罪の文字の上に刑の名前が浮かび上がる。『むかしながらのハンマー式ピストルでブッ放しの刑』だ。


「……は? ピストル?」


 今は傍観者の天翔とは違い、運春の反応は無言でかつ早かった。すぐに頭を守る体勢になり、身をできる限り縮める。

 刑の執行は、これまでの二回と同じく速やかだった。


 バン! バン! バン!


 銃声は三回、と冷静に分析できたのはしばらく後になってから。


「な……な、に!?」


 そういうまともな分析ができなくなるほど狼狽したのは、単純に刑が恐ろしかったからだ。

 まだ一度も刑を受けていないから実感が湧いてなかった。だが、間違いなくこの勝負は度胸試しチキンレースなのだ。


「お、おい! 大丈夫か!?」


 恐慌を内面にだけに留め、どうにか震える声を絞り出した。お互いのためにも運春の安否確認は急務だ。


 銃弾が外れていれば問題ない。そんなわけがない、とはわかっていたが。


「……ああ……?」


 鈍い反応で、運春が顔を天翔に向ける。


「うっ……!?」


 まさかここまでとは思っていなかった。

 しとどに流れ落ちる夥しい血の量に、小さく悲鳴が漏れる。


 傷の程度は遠目でもわかる。銃弾にしては傷口が小さい。だが三ヵ所どころではない数だ。


 おそらく散弾銃のように散らばる性質を持った弾だったのだろう。


 頭を庇っていれば弾そのもので致命傷を負うことはなかったかもしれないが、本当なら一刻も早く治療を受けなければならない状態。

 だが上級カジノは基本途中の離脱はギブアップ扱いだ。


 運春本人がドロップアウトを宣言するか、命依が諦めてギブアップしなければこの勝負は終わらない。


「おい! もういいだろう? ドロップアウトしてさっさと医者にかかれよ。百万あれば治療費としては十分だ!」

「……そういうわけにも……いかねぇんだよなぁ……」

「運春ー! ナイスガッツ! 早く戻ってきてー!」


 能天気に声を上げる命依の方へと向かう運春の足取りは、先程よりも更に生気がない。完全にゾンビのそれだった。


「悪魔かお前!?」

「……初対面からずっと言おうと思ってたんだけどさぁ。失礼だよねキミ。ま、そっちの方が食い出があるか」

「は?」

「楽しみだなぁ。勝った金でやる二人きりの祝勝会」


 まずこの大怪我状態の運春を見て祝勝会を考えられる無神経さが凄まじいし、既に天翔に勝利したつもりになっている傲慢さも突き抜けている。


 だがそれよりも腹が立ったのは、命依が現状している明確な勘違いに対してだった。


「お前は戦ってなんかない! 戦ってるのはそこの相棒だけだろう!」

「……安くてペラッペラの挑発だなぁ」


 本心だし、事実だ。だが当の命依は白け切っていた。

 天翔の言うことにはなんの興味も示していない。


 だが――


「……ああ、でも。うん。そういえばそうだね。僕あんまりかっこいいところ見せてないかも」


 命依にとって運春は特別だ。傷だらけで、血を流しながら当事者席へと辿り着く運春を見てなにか心境の変化はあったらしい。


「いい機会だからね。挑発に乗ってあげようか。見ててくれる? 運春」

「ちょっと意識朦朧いしきもうろうとしてて自信ねぇかも……」

「見ててよ! 凄いことするから!」


 天翔を置いてけぼりにして、二人の中でなにかが決められていく。

 怪訝な顔をしている天翔に、命依は運春に向けるそれとは違う笑顔になった。


 嘲笑だ。


「次は当てる」

「……?」


 システム上、当てようと思えば確実に当てられるようになっているのは既に双方にとって周知の事実だ。わかりやすく宣言するところまでは想像が付いたが、これのどこが『かっこいいところ』なのか。


「キミの勘違いをついでに正そうか。僕はゲームシステム上、上級カジノでは絶対に勝てない。体格も耐久力も足りてないから。でもそれはとそのままイコールという意味では絶対にない」


 年上の男性を相手にしているとは思えない不遜な態度。意地悪な笑みを浮かべる命依は軽やかで、しなやかで、したたかだった。


「命を賭けてよ。僕が勝つから」

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