第12話 たった一つの綺麗な勝ち方VSひたすら丸見えの明らかな勝ち方

「やっぱりと言うべきかな。タブからの音楽も読唇術避けもしてない状態だと僕らの会話は筒抜けみたい。まあ試合前の会話は密談に入った部分以外も聞いてないみたいだったけどね。気が緩んでたんだろうな」

「……ていうかタブから音楽流した後は、当事者席に身を隠すように座った方が一番確実なんじゃねーの? 背中向けるより」

「地べたに直で座りたくない」


 お嬢様だなぁ、と運春は思ったが、しかしこのギャンブルの危険性は本物だ。そんなことを言っている場合ではない。


「俺は座る。うっかり見える角度に顔を向けるかもしれないしな」

「あ、そう? じゃあ遠慮なく?」

「なにが?」


 急に会話が噛み合わなくなった。

 だが、座った途端に意味がわかった。あぐらをかいて座ったその上に、命依が座ってきたので。


「……座椅子扱いかよ。重てぇ」

「女の子にそんなこと言っちゃダメなんだよ。減点一兆点」

「ごめん」

「素直。加点二兆点」

「インフレしすぎだろ、ディスガイアか?」


 なんとなく。本当になんとなくだがわかってきた。

 運春と天翔で、命依の態度があからさまに違い過ぎる。


(敵と味方で精神のスイッチを切り替えるのが速すぎるな。かなり勝負慣れしてる)

「で。さっきのあのお邪魔虫くんのせいで中断した話の続きだけど」

「必要なくなった。あの一撃を食らえば流石にわかる。ゲームの終了が時間でもラウンド数でも区切られてないのであれば、残る絶対的な終わりはくらいしか存在しねーわな」


 人によってはあの一撃だけで意識が完全に飛び、タブの操作不能で失格だ。

 これが一番軽い刑なのであれば、レベル2から先は命の危険すらある。


 つまりこのギャンブルにゲーム性を持たせているものは、かなり原始的でしかもとてもわかりやすいもの。


「命をかけた度胸試しチキンレース。これがこのゲームの本質すべてだ。バカげてるなマジで!」

「刑の公開はレベル1のみ。あとはどんな刑が出るのかは実際に受けてみない限り完全に非公開。どんなアンポンタンでもプレイしていればすぐに気付くよね。『ひょっとしたら次の刑で死ぬかもしれない』って」


 おそらくその懸念はどこかの段階で現実のものとなる。そうでなければお互いに金を失い続けるだけの、運営すら巻き込む地獄じみた泥沼だ。


「この地下世界って割と広いからさ。たまーにいるんだよ。五分の一の読み合いだろうがなんだろうがができるバケモンがさ。そういうバケモンでも問答無用で殺せるルールにしておきたかったんだろうね。

 でなければこのゲームのルールを『買収できるのは四人まで』って、ある種ギャンブルとして真っ当なルールにしておくはずだもん」

「……そうなると、日登ひのぼりに刑を押し付けてレベルアップを狙う案は論外だな……」

「あれ? それはまた、どうして?」


 命依の言葉は文面だけを見ると疑問を呈している風だが、声色の方にはまったく疑問が浮かんでなかった。まるでわかりきった答えを、ただ確認するかのようで。

 それでも一応、運春は答える。


「人を殺したくないだろ。誰だってよ」

「……ふふっ」


 命依は笑い、タブレットを操作して陪審員を買収した。

 決定のボタンを押して、操作権を相手に渡す。


「そうだね。綺麗に勝つところまで含めて、僕らは圧倒的に勝つのさ」


◆◆◆


「……ん?」


 結果から言えば、天翔は有罪判決を受けることがなかった。肉体的な損傷だけを考えるのであればありがたいことだが、それでも見逃されたとか、相手が失敗したとは思えない。


 最初から命依には、天翔に当てるつもりがない。


「買収した陪審員が……たったの一人?」


 どういう勝ち方を想定しているのかまったく見えない。手番が回ってくれば即で相手を殺すか脅しつけるために全員買収するのが最善手ではないのだろうか。

 仮に金銭の浪費を抑えたいから、という理由ならそれこそありえない。負ければ多かれ少なかれすべてを失うが、勝てばすべてが問題なくなるのだから。


(……俺ちゃんがなにかを見落としてるのか?)


 確認のために命依の顔を見る。

 戦意を失っているようにも、勝利を諦めたようにも見えない。彼女が天翔を見るときの態度は常に一貫して敵意全開だ。


 有罪の陪審員から外れたことは特に問題だとは思っていないが、それはさておいて一秒でも早く排除したい、という意図が眼から透けて見える。


「……まあいいさ。このゲームにはシステム上、裏もクソもありはしない。ここまでプリミティブに寄ってんだからな。先に宣言しておくが――」


 心理戦という土俵で勝つために、必要なことを必要なだけ。

 揺さぶりは絶やさない。


「お前らが降りない限り、俺ちゃんは運春を殺してでも勝つ」


 ゆらり、と感情の波がまた逆立ったのを感じる。

 素人の運春は当然として、場慣れしている命依の方も僅かに。


(突き崩してやるぜ。お前らの軽くて緩い絆をな!)


 当事者席に戻ってすぐ、天翔は持ち時間を使わずに陪審員を買収する。

 今度も、全員。いくら悩んでも確実にダメージを負う。


 問題があるとすれば――


(……どのラインから刑が人間の耐久力を越えてしまうか。これだけは気にしないといけない。でなければ……)


 このゲームは、意地がひたすら悪いということだ。


(一瞬で逆転される)

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