第11話 ドタバタジャンゴ

「そこのチビッ子の言う通り、このゲームにおいて数字のやり取りは重要じゃない。というよりは……どの陪審員を選んでどの証言台を選ぶか、そのチョイスのゲーム性自体完璧に死んでいる」


 まるでこの場の支配者かのように、ステージ上で独唱する歌手のような自由さで天翔は言う。


「なにしろ瓜の言うことには『その気になれば全員選べる』だ。ギャンブルのゲーム性と言えば当然ながら『運要素』だが、全員買収しても損しないシステムなら全員選ぶに決まっている。ついでにこのゲームは普通の対人ギャンブルには大抵存在するはずの制限が意図的に取っ払われている」

「総ラウンド数……野球で言うなら表と裏を九回繰り返すってアレでしょ」


 命依はつまらなさそうに、タブレットの証言台のチョイスを終わらせた。


「運春。お願い」

「あ、ああ」


 天翔の話は気になる。だが、明らかに命依はそれを途中で打ち切った。不都合があるから、という感じではない。おそらく命依は現在表情で嘘を吐いていない。


 心の底から天翔の話を退屈と思っている。


「運春だっけ? お前はどう思う?」


 証言台に移動するさなかでも、天翔のお喋りは終わらない。


「何故総ラウンド数の制限がないのか。何故全員買収可能なんてシステムになっているのか。このゲームをゲームたらしめている運要素が、陪審員以外の部分にあるとしたら一体どこか。答えはもう、言っているんだけどな」

「……揺さぶりをかけてるつもりか?」

「ああ。二人がかりのチーム戦は俺ちゃんとしてもありがたいもんさ。適当を言っても被弾率が二倍だからな」


 嫌味があるようにはまったく見えない人好きのする笑顔なのに、言葉にはあからさまな猛毒が含まれていた。しかもそれを一切隠しもしていない。


 なにか言い返してやろうか、と思ったがやめた。運春は盾としてこの場にいるだけ。戦っているのは命依だ。


 ひとまず与えられた役割を果たすために、運春は証言台に立つ。


 やはり命依の予測通り、最初の陪審員の買収は――


「ちっ。やっぱり全員有罪かよ……」


 ぐるり、と床がとぐろ状に変形して運春の足を絡め取る。避けることはできそうにないので、せめて頭のガードを。


 そう思ったときには視界が揺れていた。


「――は?」


 揺れる視界の端に、中空で回転するカナヅチ。

 そして有罪の文字の上に浮かんでいる『カナヅチで頭カチ割りの刑』という物騒な赤い文字。


 頭に走る激痛。


 気付いたら床に転がっていた。頭にドロリとした感触が走り、出血しているのだと気付いたときには余計に痛みが酷くなった。


「いいっっってぇぇぇぇぇぇ!」

「とんでもない速度でカナヅチが頭に激突したけど、痛いで済むのか……?」

「クソッ! クソッ! クソが! なんだあの速度! 見えなかった! いつの間にか倒れてた!」


 痛みと怒りで頭がどうにかなりそうだった。それでも眩暈はすぐに収まるし、患部を押さえながら周囲を見渡す程度の余裕は取り戻せた。


「クソカナヅチが! どこ行きやがった!」

「……」


 ここで、一部始終を傍から見ていた天翔に浮かぶ疑問が一つ。


(何故カナヅチに怒ってる?)


 正確に言うなら、カナヅチに怒ること自体はそう不自然ではない。自分を傷付けたオブジェクトそのものなのだからまったくもって怒りは正当だが。


 自分に対しこんな酷い目を合わせている張本人命依は当事者席で涼しい顔をしている。そちらに目がまったく向かないことがひたすら不自然。


(この怒りは演技じゃない。運春はどう見てもギャンブルに関してはズブの素人。冷静さを失っているのも本当だろう。だがそれなら何故スタントの権利を使用しない?)


 このゲームは刑の執行以外のタイミングならいつでもスタントとしての役を降りることが可能だ。知らされていないなんてことはまずあり得ない。

 こんな危険な役を押し付けられているのだから、必ず最初に確認するだろう。


 疑問を解消する手段は一つ。演技ができないというのなら直で聞けばいい。


「今ので気付いたろ? このゲームの害意はガチだ。降りるのなら今やった方が絶対にいいぞ。何故そうしない?」


 その問いに、目に見える怒りが急に冷めていく。

 理性が野性を覆い隠す程度に落ち着いた運春は、息を整えながら天翔に向き直る。


「……お前が気にすることじゃない」


 言ったきり、踵を返して命依のいる当事者席へと戻っていく。


(流石に今の灰色の返答じゃなにもわからないな。だが……)


 やはりチーム戦という特殊なシチュエーションは、天翔の味方だ。適当を言えばそれを真に受ける愚者バカが出る確率は常に二倍。


 うっかりミスで余計なことを喋る口も二倍。


(見逃してないぞぉ、俺ちゃんは。お前、一瞬この灰色の返答に『不安』を感じたな?)


 少ないやり取りでも十分にわかる。あの年齢でも一端のギャンブラーではあるらしい。今までずっと感情も動揺の波も見えなかった。素人ではない。


 素人ではないというだけで、それだけだ。


(レベル1時点でも刑の執行は遥かに過激。おそらくあの年齢の子供の身体では一発だって耐え切れない。となればチビッ子の生命線は唯一、運春の存在だけということになる。運春が降りてしまえばもう勝機はなくなる。ギブアップに追い込める!)


 こうなれば天翔の一番現実味のある勝ち筋は一つ。


(運春の脱落狙い……これで行く!)

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