第10話 裁判開始

 司会進行の瓜は甲斐甲斐しい。命依めい運春さだはるだけではなく、天翔あまとの質問にも的確に答えているようだった。


 三十分が短いか長いかは、その間になにをやるかによって変わる。少なくとも運春の主観では、今回の三十分はとても短かった。


『さてと。それじゃあ五分後開始だから、双方ちゃんとタブレットを見ていてね。即で操作受け付けのカウントが始まっちゃうから』

「あん? ちょっと待てよ。まず最初にどっちが検察と被告をやるかジャンケンとかで決めるんじゃねーのか?」

『その辺は私たち運営側がコイントスで決めるから。だいじょーぶだよ運春くん、本当に公平にランダムだからさ』


 公平であるならば一切の問題はない。正直今日会ったばかりの運営を心情的に信用できるとは言い難いが、それでもこの部分を信じなければ話が進まない。


『では最後にこれだけは。我々は公平で真正面の勝負をあなたたちに望みます。故意にルール違反を犯すなどをしてわざと負けたと判断した場合はギブアップと同じ扱いを受けて貰います。

 また、この勝負の様子はカメラ越しに常に我々が見ています。脈拍、呼吸、瞳孔の拡縮、発汗、苦痛に対する生理的な反応までもをすべて数字に直して計測することが可能です。対戦相手ならともかく運営に対しての嘘は吐けないものと心得てください』

「なんてキショいカメラだ。マジでやめてほしい」


 顔を顰めながら周囲を見るが、運春にそれらしいものは発見できなかった。ひょっとしたら表にあるカメラよりも遥かに小型なのかもしれない。

 嫌悪感丸出しの運春の横で、命依は消えそうな声量で呟く。


……ね」

「ん……?」


 考えてみれば確かにおかしな発言だった。実況もするのではなかったのか。


『時間です! それでは上級カジノゲーム、インスタント・ゴッドハンマー! すったぁぁぁぁとぉ!』


 途端、照明の色も方向性も性質も切り替わる。

 部屋全体が更に明るく、カーテンも向こう側の照明が強くなり陪審員の影のようなものが投影され始めた。


 開店直後のゲームセンターを思わせる様相。それに目を奪われている内に、気付く。


「……死倒しばたが消えた」

「実況はしていると思うよ。あくまで客向けにね。公平性を期すために僕たちは見れないってわけだ」

「おい」


 向かいの当事者席から声をかけられた。当然、瓜が消えた今となっては天翔でしかありえない。

 照明がハッキリと明るくなった今ならば見落とす余地なくわかる。


 天翔は、高揚が滲んだような笑顔を浮かべていた。


「運が無かったな。初手検察は俺ちゃんのものだ」


 運春が命依の手元のタブレットに目を落とすと、先程と同じく相手の選択猶予のカウントダウンが表示されていた。

 だが命依は、それをチラと見たきり天翔にうざったそうな目線を向ける。


「せいぜいイキってなよ。痛めつけられない内にさ」


◆◆◆


「今更言うまでもないことだが、俺はできる限り刑は受けたくないぞ」

「ごめん運春。耐えて」


 なんとなく突っ撥ねられる気はしたが、やはり淀みなく運春の希望は蹴とばされた。


「相手を負かすためには刑がレベルアップすることが必須だもん。どうしてもどっちかが有罪判決を受けないと話にならないんだよね」

「……なら押し付けるみたいで気が引けるが相手にいくらか刑を受けてもらうとか」

「あー、うーん……運春はさ。この陪審員の買収って何人雇うのがベストだと思う?」

「は? 無駄金使いたくないのなら……一人とか?」

「三人か五人だよ。このゲームを数字だけで解釈するならこれしかないんだ」

「……んん?」


 一応頭を捻って考えてみるが、命依の言うことがよくわからなかった。

 やれやれと言わんばかりの顔で命依は補足する。


「このゲームは陪審員を必ず一人は絶対に買収しなきゃいけないルールで、買収額の四分の三が後で勝者に払われる。逆に言うと常に四分の一はロスする計算なわけだけど……このロスを考えなくていいラインが三人なんだよ。レベル1の現状だとわかりやすいかな」


 天翔が命依の言う通り、陪審員を三人買収したとする。

 支払う金額は4かける3なので12アルカディアポイント。

 その内、戻ってこない金額は3ポイント。


「わかんねぇ。どんだけ計算してもロスはロス。帰ってこないだろ?」

「再度言うけど陪審員を必ず一人は雇わないといけないんだよ。お互いに。だから次のターンも計算に入れると、こう」


 有罪判決を受けずにレベルが上昇しなかったパターンで考える。

 ターンチェンジ後、命依が最低限の一人の陪審員を買収すると仮定。支払う金額は4ポイント。

 ストックされるアルカディアポイントは3ポイント。


「あ」

「ここまで噛み砕けばわかるでしょ? んだよ。その補填がプラマイゼロ以上になる最低限ラインが三人なの」

「……あー、いや待て。それ勝てればの話だろ? 手番を重ねて、レベルが上がって行けば……」

「うん。。そういうゲームデザインだね。なにせ補填も陪審員に支払った金も丸ごと帰ってこないんだもん」


 ただでさえ痛みを伴うゲーム進行なのに、負けた方が失いかねない金額の方も計算すると強い眩暈を感じる。


「……と言っても初回だからね。全員を買収することも十分あり得る。仮に僕が陪審員一人しか買収しないとしても、レベルアップしていれば16ポイントの四分の三。12ポイントが補填されるわけだからプラス7ポイント」

「全員買収してても確実に得するじゃねぇか」

「ただこれ問題が一つあってさぁ。レベル5から先は買収額増もないわけだから確実に頭打ちになるんだよね。ついでにゲーム性も死んでしまうわけで」

「……最終的に1024かける3ポイントを消費連発する狂気の我慢比べの開幕かもだな」

「いくら勝者はなにも失わないゲームデザインって言っても、こんなスマートじゃない勝負はどうかと思うよね。だから多分、運営もそこは潰してると思うんだ」

「……具体的には?」

「さっき言ったレベル5陪審員三人買収の我慢比べは、最終的に勝者側への支払額が高額になりすぎるという問題。更にという問題もある。返しきれない借金なんか回収する目途が立ってないのならさせるわけがないよ。

 だから絶対に、レベル4かレベル5の刑は……」


 つらつらと、運春への解説を続けていた命依はそこで言い淀んだ。

 どうしたのだろう? と顔色を窺っていると、天翔から声が届く。


。だろ?」


 そして、被告人側のチョイスのコマンドが解禁された。

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