第9話 ルール違反の説明
『で。ここまでがおおよそのルールなわけだけど。ルール違反とかスタントを使っている側の処理とか細かいところは全部文書にして送るから、今の内に見ておいてね。三十分後には開始だから』
ピコン、という通知音がタブレットから流れ、項目が一つ増えていた。命依がそれをタップすると、先に説明されたルールの他にも細かいルール処理が書かれている画面が出て来る。
「……検察側の買収する陪審員を選ぶ時間は十分。被告人側は二分。証言台に立つまでには一分、ね」
「なんで検察側だけこんな長い……いや違うな。なんで検察側は普通の長さなのに被告人側の制限時間だけこんなに短いんだよ?」
「スタントを使わない場合、検察側は被告人側も兼任するわけだからゲームの順番として『場合によってはダメージを負ってから検察側になる』わけでしょ? 多分、ダメージを負っている場合に備えてそれなりに時間の猶予をっていう配慮じゃないかな?」
「なら最初からこんな危険なゲームにすんなよ……カナヅチが直撃した痛みは十分弱程度の悶絶でどうにかなるもんか?」
「さあね。僕にはあんまり関係ない話だし」
冷たい言葉だった。それらのダメージを負うのはすべて運春だということを忘れているのか、覚えている上でこう言っているのか。
どちらにせよ、この役目を命依に返す気も起きないのだが。いくらなんでも危険すぎる。
「僕らにとって問題はここからだね。スタントを使う場合の処理の項目。ええと……スタントは有罪判決からの刑の執行以外ならどのタイミングでも、プレイヤーにその役目を返還してドロップアウトすることが可能、ね。まあこれは当然かな」
「逆になんで有罪から刑の執行の間だけはダメなんだ? 一番後悔して交代したくなるタイミングはそこだろ」
『ああ、それ? 刑の執行の形がほとんどの場合ハンマーの射出とかの、途中で打ち切ることが困難なものばかりだからだね。だから刑の執行の途中でやめる! とか言われてもルールというよりかは物理法則とタイミングの関係でかなり無理なの』
横で聞いていたらしい瓜が口を挟んで来た。答えを得ることができたので、文句は特にないが。
「逆にスタントに存在しない権利は『ギブアップの独断』。つまり運春がゲーム中にどう言っても勝敗そのものには一切関われないってことだね」
「関わる気はねーけどよ。今更ながら、このゲームって変じゃねーか?」
「変? なにが?」
「危険すぎるってことは横に置いておくとして、単純な数字の問題だよ。このゲームの賞金はいくらかは運営が出すんだろ? ならゲーム開始直後にどちらかがギブアップして、貰った賞金をプレイヤー二人で山分けするのが一番儲かるじゃねーか。ただでさえゲームが進めば進むほど金をロスするシステムになってるんだからよ」
「やめた方がいい理由が二つ。やりたくない理由が一つあるね」
命依は三つ指を立てて、一つずつ運春に説明していく。
「まず一つ。そういうしょっぱい戦いをした場合、僕は上級カジノにすら出禁にされる可能性が大だということ。次からは審査の時点で弾かれちゃうよ。これ形としては一応興行だからさ」
「……仮に勝てたとしても次もやる気かよ」
「第二に、運春は数字の問題とは言ったけどさ。その大きな穴を運営は放置してないんだよ。ほら見て」
命依がタブレットを操作して、運春に向けた。
そこには大きく『ギブアップ権の行使:513アルカディアポイント』と書かれている。
「……文字通りの意味なら、これってまさか。ギブアップが有料ってことか?」
「そ。しかも払う先はプレイヤーではなく運営。今回はご丁寧に賞金の半分よりキッチリ上の値段。仮に山分け作戦を実行するとしても僕らに残るのは511アルカディアポイント」
「それでも五千万を超す大金だろ。二陣営で分けても二千五百万は優に越してる」
「あとこれはアンダーアルカディアの根本的な法だから一々ここに明記されてないんだけどさ。ギャンブルにおける契約はプレイヤー対プレイヤーの場合、そのすべてが無効になるんだよね。強制力が働くのはプレイヤー対運営のときだけ」
「……は!?」
流石にそこは聞き捨てならなかった。
その一点だけで運春の案が平和ボケした現実味の無い考えだと切り捨てられてしまう。それだけならまだしも、問題はそこだけでは終わらない。
「仮に相手がこの即ギブアップからの山分け案を飲むようなバカなら、僕らは貰った1024アルカディアポイントを相手の損害の補填になんて当てずに全部持ち逃げするよ。それが完全に合法なんだからさ。多分相手も同じことを考えてる」
「待てコラ! いや命依の外道案はこの際どうでもいい! 根本的な問題はこのアホな法だ! ギャンブル中における契約のすべてが無効ってどういうことだ!?」
運春が近くで浮いている瓜に問うと、質問の意味がわからないとばかりに首を傾げた。
『ギャンブルにあっちゃいけないものは談合と八百長。むしろ絶対にないといけないルールだと思うけど?』
「なら談合と八百長そのものを規制しろよ! プレイヤー同士のギャンブルにおける契約が全部無効は雑すぎる! 絶対に不都合あるだろ!?」
『ないわけじゃないと思うけど。でもそれ、この興行そのものを阻害するような不都合じゃないと思うしー。考えたこともないかな?』
「ザル法極まれりすぎる!」
「あー、まあ、運春がなにを気にしてるかはわかるよ。僕らの身の安全の保障でしょ? プレイヤー同士の約束ができないのなら割と隙がありまくりだもんね」
狼狽える運春を命依が宥める。
「でもプレイヤーと運営の契約は有効だし、ギリギリのラインで大丈夫だと思う……多分ね」
「ギリギリ? 思う? 多分?」
一番確定してほしい部分が全部フワフワだった。不安が一切消えないことを知ってか知らずか、命依はきゃるんと上目遣いで運春に迫る。
「いざってときは運春が僕を守って!」
「俺のことも誰か守ってくれよ!?」
「……まあともかく、これでやめた方がいい理由は全部。次に残ってるのはやりたくない理由だけど。これは簡単だよ」
闇を纏うような不吉な雰囲気で、命依は言う。
「勝てる勝負を投げ出すヤツはいない」
「……そうかよ」
このとき、運春は勝敗の方はどうでもよかった。大事なものは命依と自分の安全以外になにも存在しないからだ。
幸い、有料とは言えギブアップの権利も認められている。運営の方もまさかプレイヤーが死ぬまで戦うとまでは想定していないだろう。
いざとなれば命依が勝負を降りてしまえばいい。
故に、運春は『まだ』落ち着き払っていた。
「さてと。スタントに関する処理の続きだけど……あったあった。これだね」
「ん……ああ。スタントが交代せずにゲーム中に死亡した場合、ゲームの終了条件であるプレイヤーの死亡と同じものと扱う……か」
代理なのだから当然の取り決めだった。仮にスタントが死んだ後でプレイヤーに交代して続行というルールなら、スタントを立たせている方だけが一方的に有利だ。
「あとはゲームそのものをブチ壊すような反則の全面禁止のルールがつらつらと並んでるだけだね。直接的な暴力禁止。意図的なタブレットの破壊禁止。無理やり相手のタブレットを覗き込むなどの不正行為の禁止。
あとはお互いの当事者席より奥へと侵入するの禁止、ね。つまりこの辺は僕らにとってのセーフティゾーンってわけだ。ついでに」
命依がタブレットを操作すると、クラシック音楽が流れ始めた。
大音量で。
「……うるっせぇな! なんだよ!?」
「この距離で、ついでにタブレットからこの音量で音楽が流せるのなら、密談は容易だね。あっちに背中を向ければ唇も読めない」
「じゃ、符丁を決めておこうか」
「……符丁って。小学生のくせに変な言い回し知ってんな。普通合言葉とかだろ。そもそも密談が容易なら符丁もクソも……」
「僕が『起きて』って言ったらそれがどんな文脈でも『死んだように動くな』って意味だと解釈してね」
一方的な通告だった。
だが、妙な圧がある。まるで既にこのギャンブルの先が見えているかのような、予言に等しい圧が。
「……覚えておくけどよ。なんのつもりだ?」
「僕ら二人で圧倒的に勝つ」
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