第8話 インスタント・ゴッドハンマー:ルール説明

「……初日? アンダーアルカディアに来たばっか?」


 横からの声に顔を向けると、やはりと言うべきか。見知った顔がそこにあった。どう声をかけたものかと逡巡している間も、相手は運春に声をかけ続ける。


「へえー! お前すっごいんだなぁ! 俺ちゃんとあんまり歳変わんないように見えるのに!」

「……ああ、うん」


 屈託のない笑顔でそう言われて、運春は自分から話題を振ることを諦めた。どうも口振りからすると、彼は運春のことを覚えていないらしい。

 Tシャツに半ズボン、サンダルというかなりラフな格好をした彼は次に命依に顔を向ける。


「……妹さんかな? 全っ然似てねぇけど」

汀命依なぎさめいだよ。キミの対戦相手は僕の方」

「ん? じゃあこっちの男の方はなに?」

「僕のスタント。佐島運春さじまさだはる


 それを聞いた彼の反応は過敏だった。急に運春の方を向いたと思えば、露骨に驚いた顔になっている。


「お前、正気か? 弱みでも握られてんのか?」

「……前金百万で雇われたんだよ」

「はした金じゃねぇか!」


 ――やっぱりはした金だったんだなぁ、危険度に対して。


 などと暢気に考えていると、ふと不穏な空気が漂い始めた。

 出所を見ると、命依が今日初めて不機嫌そうな顔になっている。


「……僕らは自己紹介したよ。キミの名前は?」

「おっと忘れてた。悪ィ悪ィ。俺ちゃんの名前は日登天翔ひのぼりあまとだ! よろしくなチビっ子!」

「うん。今日はよろしくね」


 快活。そして元気。来てからずっとそんな調子だった天翔は、自己紹介を受け取るなりすっと笑顔に影を入れた。


「……で。話は戻るけど。どう言って丸め込んだんだ?」

「言う必要を感じないね。これから僕に負けるヤツ相手にさ」


 不穏な空気は暗雲となり、バチリと電撃音を立てんばかりだった。運春は急に二人との距離が遠くなるような錯覚を覚える。


(……なんだこの、今にも殺し合いでも始めそうな雰囲気は。いや、まさか……本気で始まるのか? 殺し合いが)


 運春はまだこの地下世界でのギャンブルがどんなものなのか知らない。聞いた話は全部命依の伝聞だ。

 少なくとも全部嘘だとは思っていないが、やはり軽々しい気持ちで踏み入る領域ではなかったのかもしれない。


 目の前の二人の醸し出す空気は、地上では滅多に感じ取れないもの。


 生死のかかった、野性の戦いの臭い。


『はいはーい! 挨拶もそこそこにしてー! それじゃあ、命依ちゃんチームは東側の当事者席に。天翔くんは西側の当事者席に行って。ルール説明を始めるからねー!』

「当事者席?」


 瓜に促されて見渡すと、確かに証言台の列より離れた場所に当事者席があった。証言台を挟むように二つ。この点だけは普通の裁判所と同じだ。


「……薄々気付いてたけど、このステージ……裁判所の見立てか?」

「みたいだね。ただ裁判官席が妙だけど。なんだろう? アレ」


 瓜の指示に従って歩きながら裁判官席が本来ある場所を見ると、そこにあったのは五つの証言台に対応するように存在する五つの窓だった。


 それぞれカーテンが閉まっていて、向こう側の様子はわからない。


 さて。当事者席に辿り着くと、そこにあったのは一枚のタブレット端末だった。特に警戒することもなく、命依はそれを手に取って操作し始める。


「……色々とコマンドが出るけど、ルール説明を聞かないとよくわかんないヤツだろうな。コレ」

『不安にならないでもすぐに説明するよ! 後で端末側にもルール説明文をキチンと送るしね! それじゃあ始めようか!』


 パン、と瓜が柏手を打つと、裁判官席の向こう側からライトが照射され、文字がカーテンに浮かび上がる。


「……レベル1?」

『あなたたちがこれから挑戦するゲームの名は、インスタント・ゴッドハンマー! 見ての通り、裁判所を舞台にしたゲームだよ! さて、このカーテンがさっきから気になっているみたいだけど……向こうにいるのは全員が、です。

 プレイヤーのあなたたちの目的は、この陪審員たちに対戦相手を有罪にしてもらい、相手にダメージを与えること。最終目的は相手のギブアップか死亡、ないし行動不能を誘うことになります!

 まあ、これだけだとわけわかんないと思うので。ひとまずデモンストレーションと行きましょうか。では先行を天翔くん側がお願いします!』

「……ん。俺ちゃんか? なにすればいい?」

『両方とも、タブレット端末を見てー!』


 言われるがまま、全員がタブレット端末を見る。

 だが命依が持っているタブレット端末は、謎のカウントダウンがされているだけで画面にはめぼしい項目は無い。

 今のところ操作不能だった。


『今回のゲームは検察と被告人を交互に行います。まず最初に検察側がやることは冒頭陳述でも事件の立証でもありません。

 です』

「……確かにどの陪審を買収するかってコマンドが出てるけど。これ何人選べるんだ?」

『その気になれば全員選べまーす。ま、当然買収なわけだから対価は支払う必要があるけど。まず初期状態、レベル1の陪審員は本当にやる気がないので、一人の買収にかかる費用はお手軽に4アルカディアポイントとなります。今回はデモンストレーションだから全員選んでも何人選んでもタダだけど。

 あ、ただし。これ違反したら即失格! だから』


 指示を聞いた天翔はタブレットを操作し始めるが、聞きなれない単語が出て来た運春の方はと言うと手持無沙汰な命依に尋ねた。


「……アルカディアポイントって?」

「この世界におけるギャンブル用の電子チップだね。1ポイントにつき十万円」

「ってことは陪審員一人買収するのに四十万円!? 高ぇって!」

「できたぞ。買収」


 金額に慄いている内に、天翔の操作が終わった。

 すると、命依の持っていたタブレット端末のカウントダウンが途中で打ち切られ、画面にコマンドが表示された。


『さあ。検察がどの陪審員を買収するかを決めたら、次は被告人側の番。どの陪審員の前の証言台に立つかを選んでね! 二分以内に!』

「……あまり猶予がないね?」

『まー、あんまり長引かせるゲームデザインじゃないから。さ、早く早く。適当に』


 促されるまま、本当に命依は適当に席を選んだ。


『あ、ちなみにこの証言台の選択も、時間内にしなかったら即失格だから覚えておいてね。さて、これで検察と被告人のチョイスは終了。被告人は証言台に一分以内に立ってね。

 ちなみに、画面上で選択した証言台以外に立っても、まあ別にいいけど。その場合、証言台自体が横移動して無理やり選択した証言台に移動する仕組みになっているから無駄だよ』

「画面よく見てなかったんだけどよ。命依が選択した証言台ってどれだ?」

「どれでもいいって言ってるんだから、どれでもいいでしょ」


 デモンストレーションだけあって本当に適当だった。

 ルール説明をしている瓜すらも重要視していないようだったので、運春は言われるがまま東側の一番近い証言台に立つ。


『ここまでやれば、大体後はなにが起こるのかわかるでしょう! 通常の陪審員はやる気がないので常に無罪判決を下しますが、買収された陪審員は目の前に立った被告人に対し確実に有罪判決を下します!

 そして、有罪判決の後に速やかに刑を下すのです! 今回はデモンストレーションだからですが』


 説明が終わるなり、証言台が横に一つ分移動した。

 そしてカーテンの向こうのライトが光り、文字を怪しく描き出す。


 浮かび上がったのは『有罪』の赤文字だった。


 ついでに、他の陪審員のカーテンも全員『有罪』の赤文字を浮かべている。どうやら無料だからと全員買収したようだった。


「……んなっ!?」

『あ、そうそう。刑が確定したら証言台周囲の床が変形して、被告人を絶対に逃がさないようにするから』


 変形、というよりは床に足が沈んだという表現が近かった。脛のあたりまで埋まり、身動ぎも最低限しかできなくなる。


「どういう技術力だ……よっ!?」


 足に気を取られている内に、カーテンのスリットから赤いピコピコハンマーが飛来。見事に運春の脳天に直撃した。

 痛くはないが、それなりに衝撃はある。


『有罪の証言台に立ちさえすれば、仮に刑の執行を回避したとしてもゲーム的にはヒットしたと見なすから。上手く身動ぎして避けられそうなら避ければいいんじゃない?』

「できるかァ! この状態で!」


 ズル、とまた床が変形し、足の状態は元に戻った。

 そうして自由の身になると、またカーテンに変化が訪れる。


『さて。被告人が無罪の場合はただ手番が変わって検察と被告が入れ替わるだけですが。今回はヒットしたので手番が入る前に一つ手続きが入ります。陪審員の進化です』


 ブオンッとライトが音を鳴らし、すべてのカーテンに浮かんでいる文字が変化した。

 レベル1からレベル2へ。


『有罪判決からの刑の執行が行われると、陪審員全員の裁判に対する興味度が上昇。レベルアップし、以降は買収額がになります』

「……聞き間違いか? それ次の手番から買収額が一人あたり百六十万になるって意味に聞こえるんだが……」

『イエス!』

「イエスじゃねぇよ!?」


 しかもこの調子だと、恐ろしい予想しか浮かばない。レベル2ということは、レベル3もレベル4もあり得るということ。

 その場合の買収額は――


『では次! 命依ちゃん側が陪審員をさっきの四倍の値段で買収し、さっきの運春くんと同じように天翔くんが証言台をチョイス!』


 言われるがまま命依は陪審員を買収し、今度は天翔が証言台へとやってきた。


『さて。ここからが面白いところ。レベルアップした陪審員は有罪判決を出した場合、その刑自体もレベルアップします。今回はピコハンで超ピコピコの刑にしておきますが。実際のレベルアップはもうちょっと過激ですよー』


 その後、カーテンのスリットから飛び出したピコピコハンマーは二個になっていた。当然、天翔も足が脛まで埋まっているので避けようがない。


 刑の執行が終われば、またライトが音を立てて文字を変える。レベル2からレベル3へと。


『はいまた買収額四倍! 4の三乗だから64アルカディアポイントで買収してもらいます!』

「アホかァ! なんでギャンブルしにきて一方的に金を払わなきゃいけないんだよ! いや負けたら全部失うのは当然だけど、それにしたってゲーム進行中に金を支払い続けるのは違うだろ!?」

『その通りですねぇ。でもまあ、やっぱりこのゲームはギャンブルなので。勝てばほとんど問題は無くなるようにはできています』

「……あん?」


 運春の抗議を受けても瓜は涼しい顔だった。

 そういえば、当事者である天翔も命依も、説明を受けている間大人しいものだった。

 このゲームの果てにあるものがなんなのか知っているのだろう。


『さて。ではゲームの説明から終わらせましょうか。この工程を繰り返していった結果として、陪審員の最大レベルは5。それ以上は金額も刑の重さも変わりません。そして、このゲームを勝った方には賞金として1024アルカディアポイントが支払われます』


 一億円を超す大金ではある。だがゲームが長引けば確実に損になるような少額だった。怪訝な顔をしている運春を嘲笑うように、更に瓜は続ける。


『更に、陪審員は詫び金および万が一の口止め料として常に。つまり、最後に勝ったプレイヤーがそれを総取りになるのです!』

「は……?」

『相手に無駄金を使わせて、自分は少ない額でなんとかしのぐ。そういうゲームが理想となるでしょう!』


 お互いが買収に使った金の四分の三を総取り。

 いまいち実感がわかなかった。なんとなく命依の方を見ると、彼女は助けを求められていると思ったのか、誇らし気に鼻息を吐いた。

 出来の悪い生徒に噛み砕いて問題を教えるように。


「……最終的にレベル5の陪審員の買収額は1024アルカディアポイント。一億と二百四十万円。その四分の三は七千六百八十万円。お互いが最小かつ最低限の手番でターンを終わらせて、最後に相手がレベル5の刑執行で死亡か、直前でギブアップしたと考えた場合は……」


 一手目、ストックは3ポイント(1ポイント損)。

 二手目相手番、ストックは12ポイント。

 三手目、ストックは48ポイント(16ポイント損)。

 四手目相手番、ストックは192ポイント

 五手目、ストックは768ポイント(256ポイント損)。勝利。


 賞金額、プラス1024ポイント。


「純利益は自分のストックされたポイントを無視して損だけを計算、逆に相手はポイント損を考えずに純粋にストックされたポイントだけを考えるから……」


 273ポイント損して、1228ポイントを手に入れる。

 結果、955アルカディアポイントの利益。


「九千五百五十万円……!」

「まあ実際は五択をずっと一人の買収で当て続けることは不可能だから、もっと増減するとは思うけどね」


 完全に狂気のゲームだった。当然ながら、負ければ買収額分大損だ。真っ当な神経でできるとは思えない。


 眩暈に耐えていると、瓜が更に補足する。


『ちなみに、最初の刑だけは教えておきます。実際のレベル1の刑はピコハンではなく、この重めのカナヅチを射出する頭カチ割りの刑です』


 狂気が後乗せされた。

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