第4話 死ぬほど深いぞ
情報を整理すると、目の前にいる少女の名前は命依。妙に金を持っていることはリムジンやら札束やら着ている服やらを見ればわかる。
で。ギャンブラー。
「一気にすべての線がぐっちゃぐちゃになる情報来たな」
賭博法的に言って、金銭が絡んだ賭けに未成年が関わることは、あらゆる抜け穴を行使しても不可能だ。まず賭場に入ること自体が不可能と言って良い。
仮に入れたとしても親同伴だが、やはりこの場合でも賭けには関われない。
「で。さっきの百万も僕が単独で稼いだんだけど。このリムジンも僕のお金で呼んだんだよね」
「おいおいおいおい、どんどん冗談が笑えなくなってきてんぞ」
「うーん。そうだね。これ以上は信じてもらえそうにないかな。じゃあやっぱりここから先の話は向こうについてから話そうか」
「向こう?」
そういえば、今はリムジンで移動中だった。
どこに向かっているのか、ようやく余裕が出て来た
どうも新宿方面に向かっているようだった。
「……しかし東京のド真ん中でリムジンって。信号で止まる度に滅茶苦茶悪目立ちするじゃねーか。恥ずいぞ」
「運転手さーーーん! 道交法無視してでも走ってくれってー!」
「いい加減蹴り入れるぞ!?」
運転手が本当にエンジンをふかし始めたので、慌てて静止する。
あっさりと運転手は落ち着いた運転にシフトし、ひとまず運春は胸を撫でおろした。
やはり終始、
「……楽しいか? 年上をからかってよ」
「うん? 今日初めての経験だけど、物凄く楽しい」
「……ふう」
悪い遊びを覚えさせてしまったようで、少し罪悪感が湧いた。自分のせいではないはずなのに、何故だか。
◆◆◆
車が入っていく場所を見て、運春は『そんなバカな』と呟いた。
そこはおそらく日本でトップレベルに有名な電気通信事業者の総本山だったからだ。遠くから何度も見たことはあるが、当然中に入るのは初めてだ。
「DKKIの本社ビルじゃねーか」
「うん。もうすぐ駐車場だから、そこからはしばらく歩きね。人目もほぼないと思うから安心していいよ」
スロープをしばらく降り、駐車場に入ったあたりで、リムジンは止まった。
「ほら、降りて」
「……ああ、うん」
行動に不自由はないが、やや頼りない蛍光灯が照らす空間に降り立つ。
ドアが閉まると、リムジンはさっさとどこかへと去っていってしまった。それに大した感慨も見せず、命依は手錠がされたままの手を引っ張って先導するように歩き出す。
「こっち」
二人の足音だけが妙に響く。あるいは、イヤな予感を覚える運春の五感が過敏になっているだけなのかもしれないが。
そう歩かない内に、味気ない白いドアが現れた。傍にあるカードリーダーに命依がカードを翳すと、ピッという電子音が鳴った後で開錠された。
中に入ると、更に暗くなる。そこまで広い部屋ではなく、目に付くものは正面にあるエレベーター一つだけだ。
「じゃ、これでずっと地下に降りていくね」
「……これで? いや、ここで?」
今更ながら命依が小出しにしてきていた情報の点を、線にして繋ぐ。
これから運春が行く場所は地下ギャンブル場らしい。命依本人も自分はギャンブラーだと言っている。
で。その地下ギャンブル場があるのが日本有数の電気通信事業DKKI株式会社の本社ビル、その地下。
(いやいや、いくらなんでもこんな日本人なら誰でも知ってる会社が、そんな反社会的なことをしているわけ……)
ない。と思うのが普通だ。
だがここまで信じられないことが連続して起こっている。段々と『そのまさか』の輪郭がチラついてきているような気がした。
近付くと、貨物を積むような入口が広いエレベーターだった。ボタンを押すまでもなく、運春たちが近付くだけでドアが自動で開く。
「あ? なんだこれ」
中に入って即で異質だとわかった。
外扉はエレベーターのドアとして、見た目はまったくおかしくはなかったのだが、今運春が踏みしめている床が透けている。
というか、上下左右も前面も後方の内扉までもが、機械類を剥き出しにするように透けている。
全面ガラス張りのエレベーターだった。
どうしても透明にできない内臓を残してすべてを透明にしているクリオネを連想させる有様だった。
「……外扉が透明じゃないのに、どうしてこの箱だけ透明なんだ?」
「下がって行けばすぐわかるよ」
サプライズでも用意しているかのような、あからさまな言動で命依は誤魔化す。
そんなことを言われれば当然下を見るに決まっているのだが。
「……あん?」
わけがわからないくらい深い、ということしかわからなかった。そもそも光源も、ドアの向こうの弱い蛍光灯の光しかない。
いや、より正確には真下に星の光のような光点は見えるのだが。これではドアが閉まったらほぼ真っ暗になるのではないだろうか。
「ていうか、このエレベーターってボタンとかは」
「このエレベーターは全自動だよ。この階層と、真下にしか止まらないから、あまり複雑な機能はいらないんだ」
言っている内にドアが閉まり、やはり予想通りほとんど視界が暗闇に閉ざされる。
「映画が始まる前みたいでドキドキするでしょ?」
「お化け屋敷に踏み込んだ気分の方が余程近いな」
運春は耐えられるが、閉所恐怖症、暗所恐怖症、高所恐怖症の人間を殺せるような空間だなと思う。耐性があっても足がすくむ。
身体にかかる僅かな浮遊感とエレベーターに伝わる音と振動から、このエレベーターが走るよりも遥かに早いスピードで下降していることはわかった。
「……深すぎないか?」
やっとのこと、おかしいと気付いたのは数分が経ってからだ。
「たかがギャンブルするだけの場所なのに、なんでここまで深い場所に作る必要がある? というか……いや、本当に。いくらなんでも深すぎる。どこまで降りるんだよ、このエレベーター!?」
やがて、光点が穴と認識できるまで近づいた。だが暗闇に慣れすぎて、その光の先がどうなっているのかはよく見えない。
隣にいる命依の顔が再び見えるようになったな、と気付いたときには。
その穴を突き抜けていた。
「うっ、眩しっ……」
そして、エレベーターは尚も下降を続けている。痛む目を開けて、ゆっくり周囲を見る。
「……あ?」
一瞬、自分の頭がおかしくなったのかと疑った。目の前に広がるあり得ざる光景に。
だがいくら周囲を見渡しても、その幻覚じみた光景は消えることがない。
「なっ……んっ……!?」
「ようこそ。地下世界アンダーアルカディアへ」
透明なエレベーターは、いつの間にか透明な筒の中を降りていた。不自然に透明だったエレベーターの意味はこれだったのだと理解する。
この世界を『高所』から見渡させるという歓迎のためだったのだ。
「
部屋ではない。町でもない。もはや眼下に広がるそれは都市と言っていい広さを誇っていた。
地下世界にはありえないほどの高層ビルが立ち並び、どこまで続いているのだろうと目を遠くにやれば壁のようなものが確認できなかった。
そもそも、この明るさの正体も信じられないものだった。すぐに頭上に目を向けて、開いた口が塞がらなくなる。
「なっ……んで地下なのに、青空が広がってるんだ?」
「有機ELパネルを天井に貼り付けて空を演出してるんだってさ」
これが壁のようなものが見当たらなかった最大の理由だった。だがあまりにも狂気じみている。高層ビル群が存在できるような広さの地下空間の、天井と壁一面にパネルを貼り付ける。
言うのは簡単だが、手間もコストもどれほどかかるか見当もつかない。
「さて。これを見れば、あとは僕の話を全面的に信じるしかないよね」
「……」
反論の余地はなかった。ここまでふざけたものを直視した後ならば、小学生がギャンブラーなどという戯言も些事に思えてくる。
「言ってみろよ。もうお前……命依のことは疑わない」
「うんうん。それじゃあ改めて計画を話そうか。僕の大いなる夢の計画を」
ガチャン、と音を立てて手錠が外される。もう自由にされても、逃げる気は無かった。
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