第一ゲーム:インスタント・ゴッドハンマー

第5話 おデートですわ

 どんなに煩わしかろうが、季節感というものは大事だ。

 普段ほとんどの現代人が意識しないようなことを、今まさに運春は実感しきっていた。


 このアンダーアルカディアは快適すぎる。外の夏場の高気温が嘘のように過ごしやすい。

 日本としてはありえないくらいに湿度も低いようだ。


 空調が完璧な屋内だというのに、都市レベルの広大さという一見して矛盾に満ちた世界。立っているだけでクラクラしてきそうだった。


「見分けつかねーな……この世界と外の世界の空」

「一応、長いこと見ていると失明するレベルの強い太陽光は再現してないんだよね。眩しいことには眩しいんだけどさ」


 ぴょこん、と軽い足取りで命依が運春の隣に並ぶ。

 下を向けば、目と目が合った。


「制服は用意に時間かかるみたいだからさ。今は私服で我慢してね」

「……あー……ありがとう」


 礼をしながら、運春は眉を顰めた。服に不満があるわけではない。シンプルに黒と白で纏めたパーカースタイルは無難なチョイスだった。

 問題はその支払いのすべてを命依に任せているという一点だ。


「年下に徹頭徹尾恵まれてんじゃねーか俺。情けねー……」

「服の代金分は余裕で稼げるくらいに働いてよね。じゃ、どこかでご飯でも食べようか。マックとワイアードカフェのどっちがいい?」

「振り幅デケェよ。マックだマック」


 意図的に色気のない選択肢を取った。

 どちらにせよ座るのなら、慣れている店の方がいい。


(……んにしても、マックだのユニクレだの地上で見る企業が普通にあるな……デカさとデタラメさを除いたら普通に都会って感じだ。怪しいところはどこにもない。なんなら地上より清潔じゃねーか?)


 いくらなんでも人口密度世界屈指の新宿ほどではないが、普通に人が歩いている光景も地味に衝撃だった。

 ただ普段見慣れている密度には程遠いので、そこは違和感があるが。


 他におかしいところと言えば、全員がというわけではないが首に黒いチョーカーをつけている人間を何度か見かけるくらいか。


(なんだあのチョーカー。地下世界の流行りか?)

「運春ー! 席取っといてー!」

「もう呼び捨てで固定かよ……」


◆◆◆


「で? どう? SFの世界でしか見ないようなガチのジオフロントを歩いた感想は?」

「思ったより普通……だな。地下に普通の空間があるという状況そのものが異常なんだが」

「面白いよね。地下深くまで潜ってやったことが地上の再現だもん」


 ただし、やはり店の中も人がまばらだが。地上と光景はあまり変わらないのに、人口密度だけがかけ離れているという状況は意識する度に寒々しいものを感じる。

 ポテトの味もハンバーガーの味も落ち着く安っぽさをキープしているだけに、余計にロケーションの違いが際立つ気がした。


「まあ、今はシーズンじゃないからね。人が増えるのは夏休みになってからかな」

「シーズン?」

「あと単純に、ここ普段はあんまり人気にんきない場所だし」

「……よくわからんが時間と場所さえ変われば違うのか」

「夕方になれば向かいのビルのカジノが開くよ」

「急に日本らしくない単語出てきた」


 現代史の授業で習ったが、かつて日本にも合法的にカジノを作ろうという試みはあったらしい。

 だが様々な要因により作成着手が延期に延期を繰り返し、結局企画倒れになった……ということになっている。少なくとも運春の持っている教科書では。


「このアンダーアルカディアの主要産業は、地上では決して表沙汰にできない賭博勝負。その他、それを配信しての興行だよ。地上波ならぬ地下波ってところかな」

「言っちゃなんだが、そんなアングラエンタメごときでここまでのジオフロント作れるもんなのか……?」

「急には無理だと思うよ? 逆に言えば、時間があれば可能だったみたいだけどね」

「時間……? どのくらいの?」

「前にこの地下世界で産まれて、人生のほとんどを地下で過ごしてたっていう人を見たよ。来年で米寿だってさ」

「八十八歳じゃねーか! そんなむかしなら技術面で地下世界を作るの不可能だろ!」

「数世紀先の頭脳を持つ天才がいたんだってさ」

「嘘臭ェ!」


 流石に吐き捨てるような言い方になってしまったが、少なくともアンダーアルカディアが存在し、しかも運春が今その中にいることは現実だ。


 否定できる材料が少ないのは、どう考えても運春の方だった。


「少なくとも順番的には『地下世界があって、それに目をつけた賭博業の人がここを利用することを思いついた』って話らしいよ。詳しくここの歴史を聞いたわけじゃ無いけどザックリと言えばこうなんだってさ」

「……興味がないわけじゃないが、今の俺には関係はあまりなさそうだな」

「そうだね。それじゃあ、ここの成り立ちは追々語るとして。僕たちに関係ある話をしようか」


 ハンバーガーの包みを綺麗に畳み、命依は姿勢を正す。真正面の少女の雰囲気が僅かに変わったことを運春は感じていた。


「まず必要な前提知識その一。ここのカジノは年齢制限はない。ただし、どんなに頑張っても『誰でも入れるカジノ』のレベルだと大稼ぎするのは基本無理。せいぜいお小遣い稼ぎくらいかな」

「いやカジノで稼げるわけねーだろ。賭博で食っていくのなんて原理上不可能なのはどの世界でも共通だろ?」

「僕は二億稼げたよ」

「小遣いって呼べねーよ、それは。ていうかカジノに目を付けられて出禁になってもおかしくない額じゃ……」


 言っている途中で、命依がなにかの紙をポケットから取り出した。

 一見して交番の前に張られている指名手配の写真のようなそれには『出入り禁止!』と大きく書かれている。


 どう見てもダブルピースしている命依の写真だった。


「いや本当に出禁食らってんのかよ! すげーなお前!」

「ってわけで、ほとんどのカジノから締め出されちゃってる今、どんなときでもウェルカムな上級カジノに突っ込むしかないってわけ」

「上級……?」

「視聴者がバリバリに金を落とすが目白押しのカジノ。怪我人が続出するから本当に誰でも参加できるんだよね。一回の賭け金もデカいし」

「……ああ?」


 不穏な概要。不安な話の流れ。

 ここまで来れば、後にどんな展開になるのかもなんとなくわかるが、一応その前に聞いておくべきことがあった。


「……怪我人? 具体的にどんな?」

「色々いるけど、たまに死ぬヤツ」

「たまに死ぬヤツかー」


 ――やぁーっべ。今すぐ帰りてぇ。


 運春の胃が、段々と重くなっていく。

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