魔女の仇討ち

クローンさん

魔女の仇討ち

魔女狩りが行われていた頃の話。


ある日、1人の無実の少女が魔女裁判によって火刑に処された。そしてその友人は、姿を消した。




教会の執務室に、中年の司祭はいた。


その男は手に取っていた羽ペンを紙の上に置き、軽く息を吐いた。窓の外の月は雲に隠れていて、机の上はろうそくでゆらゆらと不規則に照らされている。


私は男の後頭部に拳銃を突きつけ、引き金に指を置いた。これであの子の仇が討てる。男も当然私の存在に気づいているだろう。


少しの間を置いて、最初に男が口を開いた。


「どうした?なぜ撃たない。君は復讐を果たしに来たのではないのかね?」


男の声からは恐怖を感じない。


「あんたには聞きたいことがある。撃つのはその後だ」


「ふむ、どうせあと少しの命なのだ。私に答えられることならば、可能な限り答えようじゃないか。しかし、その前に私が質問しよう。お嬢さん、君は一体誰の仇でここに来たのだ?」


「…エルマ・アンカーと言う名前に聞き覚えはあるな?」


「やはりそうか。1週間前に裁判官2名が、5日前にバーナー裁判長が、おとといにベルグ市長が殺害されている。その全員がエルマ・アンカーの魔女裁判に関連している者たちだ。おそらく君は告発者や拷問官にも手をかけているな?」


「あんたは知っていたのか。ならなぜ逃げない?なぜまだここにいた?」


「…話を戻そう。最後の一服だ、構わないだろう?」


男はそう言うと、葉タバコに火をつけて口に咥えた。私はそれを苦々しい思いで見ていた。

口から吐き出された紫煙が宙に溶けてゆく。

私は怒りの感情を抑えながら言葉を吐いた。


「今までの奴らは大声で叫んで逃げ出そうとしたり、急に泣きついて命乞いをみじめにしてきたからな。他人にはいくらでも非道なことをしてきたくせに、その火の粉がほんの少しでも自分に降りかかってきたら被害者ヅラだ。あんたは少し違うようだが聖職者のプライドか?」


「君が聞きたいのは本当にそんなことか?さっさと聞きたいことを聞きたまえ」


「…あんたはこの市で魔女狩りを何年にも渡って主導した。そして罪もない人々を魔女裁判などという馬鹿げた茶番で辱め、貶め、殺した。さらには殺した人々の財産を奪い私腹を肥やした。そこに間違いはないな?」


「ああ、おおかたその通りだ。ただ…」


男の言葉はそこで途切れた。私が口を開こうとした時、彼は唐突にクックックと笑い始めた。そして椅子を回転させゆっくりと振り返り、頭に拳銃を突きつけている私を真っ直ぐに見た。暗くて見えないはずだが、彼の瞳が自分を映しているように感じた。


「何がおかしい」


「いや、随分と大層なものの言い方だと思ってね。君は俺を神のもとに正しく裁こうとでも思っているのか?そうではないだろう。御託はいい。言いたいことを言え」


この男はまるで私の奥底にある私怨を見透かしたかのように言う。命を握っているのは私だというのに、相手は私を小馬鹿にするかのような態度を取る。


「っ…!ああそうかい!じゃあ言いたいことを言ってやる!貴様はエルマ・アンカーが無実であることを知っていたはずだ!無実の証明は山ほどあったからな!なぜ魔女だなどと決めつけ、火の中へ放り込んだ!没収する財産もなかっただろうに!!…なぜ貴様は簡単にそんなことが出来る?目的も意味もなく他人の命を踏みにじることがどのようなことか分かってるのか?」


「目的も意味もなく?そんなことはない。彼女の命にはきちんと理由があったさ」


「ふざけるな!クソみたいな観衆の娯楽にでもなったとでも言うのか!」


「その通りだ。今年起きた疫病と不作は君も知っているだろう?犠牲者の多さもな。民の間でも不満が相当に溜まっていたな。人の本性は醜い。若い女の火刑というのはそれだけで娯楽やガス抜きになる。魔女狩りとは元来そういうものだ。集団の安全、安定を守るために誰かを犠牲にする行為だ。そもそものだよ。」


男はまた煙を吐く。


「だが俺は他人にばかり犠牲を強いることは良しとしない。魔女狩りももう終わりだ。たとえ君が復讐に来なかったとしても、本来俺が終わらせる気でいたんだ。金に目が眩んだ共謀者もろともな。それを私怨とはいえ他人に裁いてもらえるんだ。むしろ君には感謝している」


「……身勝手だ。ふざけている」


「そうだろうとも。所詮俺も彼女も集団の犠牲にすぎない」


「貴様のような下衆と同じにするな」


私は怒りと虚しさで立ち尽くしていた。集団の犠牲だと?そんなもののためにあの子は死んだのか!


私の心境など意に介さず、男は葉タバコを灰皿に置き話し始めた。


「随分と話し込んでしまったな。最後に君の話をして終わりにしよう。エルマ・アンカーには一人の友人がいた。ミナという名前のな。その友人は処刑の後から姿をくらましたという報告を受けている。君のことだな。友人の仇のためにここまで手を汚したんだ。既に君の行為は街中に広まっていることだろう。ミナ、君はこれからどうするつもりだ?」


それを聞いた時、私はおかしくて笑ってしまった。

雲から出た月の明かりが窓から差し込んでくる。


「あんたは最初から勘違いしている。


月明かりが私の火傷だらけの顔を照らす。

瞬間。

男の顔が驚愕に染まる。


「確かに私は一度死んだ。あんたらが放り込んでくれた火でな。次に目を覚ました時私が見たのは、ちりになって崩れてゆくミナの姿だ。最初は訳が分からなかったよ。」


「どういうことだ!!あり得ない!お前、お前は!!」


?いたんだよ。私には隠していたけれど、きっとミナは魔女だったんだ。

じゃあミナが死んで、代わりに生き返った私はなんなんだろうな」


銃声。

男はもう動かなかった。


「ミナ、終わったよ」


虚空に向かって呟く。

そうして教会を出た。





正直、魔女裁判で処刑された私があの死体の状態から生き返った理由はちゃんとは分かっていない。

ただ、目を覚ました時に親友の声が聞こえた気がした。


「死なないで」



歩きながら思い出す。


そういえば、ミナは魔女狩りが流行し始めた時に怒っていたっけなぁ。


「魔女はね、力を自分のためだけに利用するような悪い人ばかりじゃないんだよ。人のために奇跡を起こすこともできる優しい人たちもいるんだって」


その時はよく分かっていなかったけど今なら分かる。ミナは、私のために奇跡を起こしてくれたんだね。




ありがとう。ミナの分まで生きてゆくよ。














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