仕事よ増えるな

 さて、今日もだるい。

 だけど仕事がある。

 というか、何で私は高校生なのに仕事をしなきゃいけないんだ?

 仕事というか案件というか…最近は結構増えてきた。

 最初は楽しかった、というか少なくないお金がもらえるから、決して嫌では無かったけど、それにしても多い。

 どうして仕事というものは、際限なく増えるんだろう?この前受けた模試の現代文が「時間について」というテーマだったけど、良くわからなかった。ただ、何となく「時間がある限り仕事が増えるよ」という身も蓋もないことを言っていたことは覚えている。テレビのコメンテーターみたいだ。


「ホラ、美蘭、顔がぼけーっとしてるわよ」

「だって暑いんだし…別に代理店の人が来たらちゃんとすればいいでしょ」

「今日はクライアントさんのところで説明受けるんだから…もっとしっかりしなさい」

「はいはい…」

 未成年の世界は狭い。何をするにも「保護者の同意」が必要だ。


 いや、そんなことは無いはず。例えば、体育館の渡り廊下を歩くとき、友達と他愛もない会話をすることとか。塾が終わったあとの帰り道に友達とアイスを食べることとか。付き合う寸前の男子と行くファミレスとか。もっと、等身大の、と自分でこの言葉を使うことはおかしいけれど、身近な「楽しい」はあらゆるところに転がっているはず。


 だけど、どうも私が背負うものは大きくなってしまった気がする。中学生の頃、少し背伸びをして行った表参道の美容院でカットモデルに誘われて、そこからピンスタに写真を上げるようになったら、どうしてかフォロワーがついて。いわゆる「インフルエンサー」になってしまった。芸能人ではない。


 何事も、地続きで世界がかわる。急激に異世界転生して、わけもわからず混乱するということはない。だけど、私だって高校生だ。友達とか、恋愛とか、してないけど、何より将来のこととか、それに付随してやっておかなきゃいけない勉強とか、一方で「今しか出来なことをしなさい」という大人の声とか。何だかんだ、もちろん全て真面目に捉える必要も無いけれど、やっておくべきことがある気がする。


 だけど、そういう大事なことを飛び越えて、謎に私は南武線やら東横線やらを乗り継いで、外苑前のオフィスにいる。

「お母さんあんまりお化粧のこと分からないから…今日はよろしくね」

「あーうん。わかった」

 私だって、分からないことばかりだ。別に最初は髪を切って写真をアップしていただけで、化粧のことなんかわからないのに。もちろん「別に最初はそんなつもりじゃないのに…」というのは逃げの言葉というか、お金を貰っている以上、誠実じゃない。とはいえ、別に素人上がりであることに変わりはないから、「プロ意識」と呼んでしまうのは、気恥ずかしい。まだ子供だし。


 今日は似たような年齢の女子が、同じ会議室に6名くらいいる。今日は林田製薬社のクレンジングオイルの案件。新しく出る、10代向けの商品。珍しい。


 今日クライアントからオリエンを受けて、投稿の時のルールを教えてもらう。さすが、既に商品と、タオルや洗面器、鏡まで置いてある。


 私のピンスタのフォロワーは6万人くらい。1回私がこのクレンジングオイルについて投稿すれば、たちまちフォロワーに波及する…という意味で私は「インフルエンサー」ではある。


 とはいえ「あのMiranちゃんが使っているクレンジングオイルと同じやつ使おう~!」となる人がどの程度いるのか。そもそも私は単なる素人だし。コメントをよくつけてくれる人はいるけど、別に会ったことも無いから、実感が正直つかめない。雲をつかむような感覚で、ギャラの8万円を貰う。とはいっても「美蘭ちゃんの将来のために取っておこうね」と母親に管理されてはいるのだけど。

 女子高生のまま、良く分からない影響を他人に与え、そして「何者」かに慣れている訳でもない。

 とはいえ、今日もそこまで思い悩むことなく、良くある投稿文の例に従って、それっぽい感想を乗せれば良い。


===

 今日はクレンジングオイルを紹介するよ~!

 林田製薬社さんのクレンジングオイルはとっても便利!洗顔料の前に使うこと で、毛穴汚れがしっかり落ちるんです。だけど、肌が荒れることとか乾燥することもないから、誰でも安心!

 #クレンジングオイル #メイク落とし #10代コスメ #pr

===


 既に下書きを用意している。あとは適当に商品のアカウントを付けておけばOK。今日は答え合わせみたいなものだ。文章が上手いかどうか、そして、私が今後この商品を使うかはさておき。

 ある程度、私に求められることは分かっている。要は「等身大の女子高生らしさ」だ。個人名で活動しているにも関わらず、実は「私らしさ」というのは、1ミリも求められていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る