最終話 同じ未来をみつめて

 斎藤と黒田の結婚披露パーティーの日。

 蒼は、二人のスタイリストとして、早めに雪月花に到着した。

 四月ともなると、日中は暖かい日が続く。

 桜は散ってしまったけど、花が美しく咲く季節。ロンドからのブーケは、店の外と中に沢山飾られている。

 この話を受けてから、なんとなく悠が、変わった気がする。

 責任感というか、少し大人の雰囲気を纏うようになった。

 それでも二人でいるときは、あまり変わらないんだけど……。

 この結婚披露パーティーを良いものにするために、悠もスタッフも、いつも以上に張り切っている感じがした。

 招待客は、全員で二十人弱。決して多くない。でも二人にとって全員大切な人たちだ。

 ウエルカムボードは、二人が寄り添って笑っている似顔絵をエアーブラシで描いたものをプレゼントした。我ながら良くできたもで、黒田は泣いて喜んでくれた。

 レストラン雪月花の中は、奥のバーカウンターのを仕切りで隠していて、そこを控室にしていた。

 控室には、斎藤と黒田が準備を始めていた。

「おめでとう」そう言って蒼が入ってくる。

「ありがとう」と照れくさそうに、はにかんでいる二人は、どことなく緊張した表情だ。

 この二人がずっと気にしているのは、親が来てくれるかどうかということだ。

 特に斎藤は、自分はともかく黒田の親には来てもらいたいと願っていて、不安が隠しきれていない。それを気遣う黒田もぎこちない。

 兄弟からは、親を連れて行くよ。という連絡がきたものの、親から直接連絡ないままで不安が隠せないようだった。

 招待客は続々と入店してくる。ホールの賑やかな声が響く中、控室の二人は押し黙ったままだ。

 この気まずさをなんとか変えようと別の話題を振ろうとしたとき、ふと、二人の携帯電話にメッセージが届いた。

 それを見た二人が、真っ先にレストランの入り口へ駆け寄る。蒼もあとを追う。

 斎藤と黒田の目の前には、二人の母親が立っていた。

 黒田は、顔をくしゃくしゃにして泣いていて、斎藤も肩を震わせていた。

 ありがとう。と何度もつぶやきながら、握手している姿に、すでに来ていた招待客もレストランのスタッフも胸が熱くなる思いで見守っていた。


 蒼は、控室で涙顔になった黒田の目を冷やして、髪を整えた。

 二人の衣装は、オフホワイトのタキシードで、とても似合っていた。

 中でも、目を惹かれたのは、二人の胸元にあるブートニアだった。

 蒼の視線に気づいた、黒田が教えてくれた。

「お互いあてに、それぞれ考えて、作ったんだ。道くんの好みはよくわかってるし」

 斉藤と黒田は、視線を絡ませる。

「俺も壮真の好みはよくわかってるし。ま、……あとは、花屋だからな」

 照れながらも。そう笑い合う二人がとても眩しい。

 羨望の眼差しでみつめ、いつか自分もという淡い期待を押し殺す。

 期待するのは、怖い……。その怖さを紛らわすために、ネイルのコンテスト出場することにした。前以上の賞をとって、自信をつけたい。俺自身もロータスという店も、成長をしたいから。

 蒼の様子を察した斎藤が声をかけた。

「悠くんて、すごいよね。まだ若いのに、これだけのスタッフがいて、店を続けている。オーナとしても、一人の男としても、かっこいい奴だと思う。信頼……していいんじゃないかな。蒼くんも……もっと自分の気持ちに素直になったらいいと思うよ」

 みぞおちから押し殺した不安がせせり上がり、口に出た。

「俺は……不安で……。悠と一緒にいられる未来に期待して、それが……そうじゃなくなることが不安で……あいつが、いつか離れていくのかもしれないと……思うと……怖くて…………」

 それ以上の言葉が出なくて、下を向いて黙ってしまった。

「それで?」斉藤が促した言葉に、顔をあげた。斉藤も黒田も優しく微笑んだまま、次の言葉を待ってくれていた。

「でも、ずっと一緒にいたい。彼を幸せにしたいと思ってるし、斎藤さんと壮真くんみたいに支え合う間になりたいと思ってるんだ……」

 思い切ったことを言った。恥ずかしい。

 顔だけでなく、全身が熱くなるのを感じていた。

「新郎のお二人、そろそろフロアーへきてください」とスタッフが呼びに来た。

 その声に後ろを振りむくと、悠が立っていた。

 目の周りを朱色に染め、首まで赤くしている。

「行ってきます」

 そう言って、斎藤と黒田は手をつないで、控室をあとにした。

 定番のウエディングソングが響く中、歓声と拍手が聞こえる。

 控室には悠と蒼だけになった。

 何が起きてるのか分からなくて、ただ茫然とする。

 悠が、蒼に近づき、手をとって薬指に指輪をはめた。

「ちゃんとした場所で、ちゃんとしたシチュエーションで渡したかったんだけど、……さっきの言葉聞いたら……、もう無理でした」

 そう言って抱きしめた悠の手が震えている。

 小さな声で、「そばにいて」と言い、強く強く抱きしめる。

 ああ、そうか、悠も怖かったのかもしれない。俺と同じ気持ちだったのかもしれない。

 この恋人が自分と同じ気持ちで、未来を見ていてくれるなら……信じよう。

 この手を離さないように。しっかりと繋いでいよう。

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