第6話 満たされる心とからだ

 十二月三一日 大晦日

 結論からいうと、クリスマスの夜は、あのまま店を後にした。甘く蕩ける眼差しや呼びかけに、ふわふわとした気分で家路に着き、興奮して眠れないかと思いきや、不思議とぐっすり眠れたのだ。

 それ以降は、お互い怒涛の年末繁忙期に突入していたためメールや電話のやりとりをして、『年末年始、一緒に過ごそう』という約束をした。

 大掃除やら取引先の挨拶を終えて、やっと大晦日に会えることができた。

 悠と駅前で待ち合わせし、年末年始の買い出しにきたのはよかったのだが……。

 めちゃくちゃ混んでる。年末ってこんななのか。

 毎年、適当にコンビニで済ましていたから、年末のスーパーが買い出しの人たちでごった返しているとは思いもよらなかった。

 悠と初めての買い物で浮かれていたが、あまりの混雑に無駄話もせず、黙々と必要なものを買い物かごに放り込み買い物を終えた。

 年越し蕎麦の具はなににする? どんな味がいい? 正月何食べたい? なんて話をしながら買い物できると妄想していたことが恥ずかしい。

 悠の顔をみると、涼しげに、何事もなかったような顔をしている。

「蒼さんと買い物出来て嬉しい」

 そう言うと、はい。と手を出して、手をつなごうとする。

 は? いや、それはちょっと。

 戸惑っていると蒼のことは気にもせず、手をつないで歩く。すごく照れくさい。外で恋人と手をつないで歩くなんてことを初めてした。

 なんだろう。これ、恥ずかしい……でも……すごく嬉しい。


 一通りの買い物を終え、ネイルサロン ロータスの前まできた。

 店の入り口ではなく、横側にあるプライベートの玄関から入る。二階につながる階段と、ドアを隔てて、スタッフの休憩や荷物置きになっている部屋とつながっている。

 階段を上がり、二人の両手の買い物袋をキッチンカウンターに置いた。

「結構、買ったなー。あ、そっちが洗面台だから、どうぞ」

 先にキッチンに立った蒼が、指をさして、場所を示す。

 対面式のキッチンがあり、リビングには、ソファとテーブル、テレビがある。リビング全面の窓から差し込む日差しのおかげで、日中の照明はいらないくらいだ。

 隣の部屋は、クローゼット兼物置部屋と寝室がある。

 悠は、あちこちに視線を這わせ部屋を見ていたが、上にあがる階段を見つけた。それに気づいた蒼が、上に促して三階にあがる。

「ほとんど、物置なんだよ。カーテンもしていないしね」

 チェストがあるだけの、何もない部屋とインナーバルコニーがある。

 二階よりも遮るものがないせいか、眺めはいい。

 先にバルコニーに出た蒼は、悠を呼んだ。

 真冬の風が容赦なく吹き付けて、身震いする。悠は、首を竦めて「さみー」とつぶやきながらバルコニーの広さに目を見張る。

「こんな広いバルコニーなら、バーベキューとかプールとか出来そうだね」

 驚いた顔をした蒼に、悠は、噴き出すように笑っていた。

 思いもしなかった。そんなこと。元彼と一緒に住むために買って、それが駄目になって、ここにそんな楽しみを見出す余裕なんてなかった。

 一緒に住むのも、自分で勝手に決めて、盛り上がって、玉砕して、ほんと子供じみてた。

 別れてからは、ネイルをするために生活してただけの家。ここに、好きな人といられることが今でも信じられない。

「蒼さん? あそこの花屋さんて、蒼さんの友達?」

 バルコニーから下へ指さした花屋のことを問われる。

「友達……? うん。まあ、同じ商店街だし、仲良くしているよ……なんで知ってるの?」

 そういえば告白の時に、ずっと前から俺のこと知っていたようなこと言ってたような。

 悠が視線をわざとらしく反れ、歯切れの悪い返事をしながら、宙を見上げている。何か、はっきりしない雰囲気に詰め寄る。

「俺のこと、どのくらい前から知ってたの?」

 少し、もごもごと、もたついていたが、意を決したのか、蒼を見つめて話す。

「九月くらい……ランニングで、偶然、蒼さんが店から出てくるところを見て……それから……ほぼ毎日、店の前を通ってた……」

 寒さに肩を震わせると、悠の手が肩に触れる。

「ごめん。怖がらせてる? ストーカーじゃないよ……あ、でもストーカーみたいだよね……」

 寒さに身体が震えただけだけど、少しひいてしまった。でも、でかい図体して、必死に弁解している姿が、可愛らしくてたまらない。

「寒いから、入ろう」そう言って、悠の手を握った。


 二階のリビングで話の続きを聞いた。

 初めて蒼をみた日から、ランニングと散歩コースをネイルサロン ロータスの前を通るルートに決めて、その時に花屋の人と仲良く話しているのを見かけたらしい。

 何度か同じような現場を見かけたらしく、距離が近いと感じていて、やきもきしたことと、石田とレストランに来た時にも嫉妬をして、居ても立っても居られなくなったのだと告白してくれた。

 悠が、やきもきした相手は、花屋で働いている人で、彼もゲイだ。その花屋のオーナーとパートナーになって夫夫で働いている。

 パートナーシップ制度がある街で、それに感化された俺は此処に住もうと決めた。

 でも、このことは悠に話すのは止めておこう。重い……。

「多分……、一目惚れ……」

 顔を赤くして、そんな告白をしてくれた悠に対し、俺も悠が初めて店に来てから、夢中になっているなんて、死んでも言えない。この上なく恥ずかしい。

 告白を聞いた後、照れくささを隠すために、悠を先に風呂に入らせた。蒼が出た時には、すでにキッチンで夕飯の準備を進めていた悠が、風呂上りの蒼を熱い眼差しでみつめて「座ってて。俺が作るから」と言った。

 ソファに座り、キッチンで、料理している悠を見つめて、幸せを噛み締める。

 濡れた髪の毛がいつもより色気があり、ドキリとする。

 好き……かっこいい。と心の中でつぶやく。

 男を好きになるのは初めてだと言っていた。悠は、女の経験がある。いつか……また同じように……別れがくるかもしれないという不安はある。だけど好きだと認めたこの感情は、とても大切で、今までの自分より積極性を生んでいる。

 男と付き合うとで悠になにか困ったことが起きたら、支えてやりたい。それだけの男になりたい。

 もう一度コンテストに挑戦してみようかな。賞が取れれば、店もワンランク上がるだろう。自信もつく。どんな形であれ、心にある不安を払拭できるなら……。

 自分の指先を見つめて考えていると、悠から自分の名前を呼ばれて、我に返る。いつの間にか、隣に座っていて、間近に顔を寄せられた。

「何か、考え事? 今日は、年越しそばと、なにか他に食べたいのある?」

 まるで小さな子供に話しかけるように聞かれる。

 恥ずかしくて、そっけなく、「なんでもいいよ」とつぶやく。

「じゃあ、俺を……北条悠をメインにしますか?」

「……えっ」

 そのままキスをされた。唇を挟んだり、吸ったり、もっと欲しいと思わせるようなキスを繰り返す。

 蒼の首やうなじに悠の指が触れ、鎖骨のあたりを撫でられ、触られているところ全部が気持ちがいい。

 深い吐息がもれたところで、耳たぶを齧られ、たまらなくなった。

「なあ、悠……ベットに行こう」

 

 寝室に駆け込むように入り、無我夢中でお互いの服を脱がす。貪るようなキスが興奮を最高潮にさせた。

 足首まで脱がされたズボンに引っかかって、ベッドに倒れ込んだ。

 悠が上になり、蒼の胸にある小さく尖った果実を指で弾かれ、転がされる。そのうち舌先が触れて身体がピクリとする。

「はぁ……あ……う……」

 声に反応して、その尖りを吸い上げたり、爪で弾いたり、甘噛みするような形で弄ばれる。

「いや、はぁ……あ……んん」

 下半身が硬くなってきているところに、パンツの上から摩られる。

(直に触って欲しい……)

 布越しの快感が、もどかしく、気持ちが昂ぶり、それだけでイッてしまいそうだ。

「あ、あぁ、悠……それ……」

 限界が来てしまいそうなところを一気にパンツを引き下ろされると、欲望が露わになった先端から先走りが溢れていた。

「すごい……」

 悠の興奮した声と野性的な雄の目が、これから起こることへの期待で熱が帯びる。

 ふと悠の下半身に目をやると中心で猛っているものが視界に入り、興奮してくれていることへ安心した。

 悠の首に両手を巻き付け、蒼からキスをした。

 部屋の暖房はつけていないのに、二人の熱気で、汗ばむほどだ。悠の匂いに、クラクラする。

 悠の首すじに頬を擦り付け、唇に当たった耳たぶを甘噛みした。

 その瞬間に悠から背中がしなるほど抱きしめられた。蒼の首すじに唇を押し当て、下半身を擦り付けてくる。

「あ……蒼……蒼……最後まで……していい?」

 自分の名前をもどかしそうに呼び、懇願するような瞳に、たまらなく愛おしい気持ちが昂まる。

「うん。いいよ……して」

 いつのまにか、ベッドサイドに用意されていたローションと避妊具に目が留まった。

 はぁはぁと興奮した息遣いをしている悠は、のぼせたような表情で、顔を赤らめて、この日のために調べたことを話してくれた。

「俺が用意した……ちゃんと調べたから……だから任せて。優しくする……」

 くそ、可愛い。こんなに余裕のない悠は初めてで、それだけで胸が張り裂けそうな気持ちになる。

 足を開かされ、ローションを垂らされた後ろの窄みに、指が触れて、腰がビクつく。

「最後にしたのは……いつ?」

 急にそんなことを聞かれて、頭が真っ白になってしまった。

 ねぇいつ? 後ろの窄みを指先で撫でながら、目は蒼をじっと見ている。

「ご、五年ま……え、ひゃあ、ああ……」

 言い終わる前に、指を入れられた。中を探るように動かされる。

 ローションを追加して、丁寧にほぐされる。指を折り曲げられたところに蒼のいいところに当たった。

 蒼の身体がなみうち、腰をくねらせる。

「あ、あ、そ、そこ……はぁ、あっ……」

 指を増やされ、しつこく蒼のいい部分を押されて、たまらない。

 鈴口から、こぼれる液を絡めとられクチュクチュといやらしい音を立てながら茎の部分をこすられた。

 甘くねっとりとした吐息がもれる。

「あっ……あっ……いや、もう……」

 悠の手が止まり、蒼の頬と首にキスをしてくる。耳元を舐めながらささやかれた。

「もう、誰にも触らせたらダメだからね」

 いつの間にか避妊具を手にしていた悠が蒼を抱きしめ、態勢をうつ伏せに変えた。

 うなじから肩甲骨、背中を指先で辿れ、腰のあたりを舌先で愛撫される。

 触れられているところが、じりじりとした快感に包まれ、大きな吐息がもれる。

 腰を持ち上げられ、蕩けた場所を見せつけるような恰好にされたところへ、指とは違う質量のものが、ゆっくりとひらかれ、くびれの部分がのみこまれてくる。

「はぁ、ああ……」

 どんどん侵入してくる悠のものを受け入れて、身体の芯から痺れるようだ。

 奥まで入ったところで、蒼の背中に体重がのった。悠の手が上から重ね合わさる。

 うなじにキスをしながら、きもちいい。とつぶやく声が聞こえる。

 ゆっくりと律動が始まった。さっきの気持ちの良いところをかすめとられながら、奥までとどいたときには、自分の意志に反して体が大きく跳ね上がり、内壁が痙攣していく。

「ん、んあっ……あっ、あっ……」

 何度も何度も同じところを突かれ、頭の中が真っ白になる。

 五年間セックスしていなかったのだから、正直にいえば、身体に感じる違和感はあるのだが、触れられているところ全てが熱を帯びて溶かされていくように感じる。

(やばい、きもちい。セックスってこんなに良かったっけ)

 ふいに悠の動きが複雑なものになり、別の角度から深く穿たれ、また体が跳ねた。

「……っ……あ、うぁ……」

 内側が痙攣して、悠を思い切り締め付けてしまう。

 その煽り受けて、ふふっと鼻で笑い、「ここ?」と今度は、思い切り突き上げられた。

「ひぁっ……はぁっ……ああっ」

 頭が真っ白になる。悲鳴に近い喘ぎ声に、自分でも驚いた。それでも、揺さぶられるたびに、それが気にならなくなるほど快楽に溺れた。

「悠……悠……」

 蒼の欲望が達した後、ゆるやかな律動が続いたまま、顎を横に回され、後ろからキスをされる。

 唇をつけたまま、蒼の名前を呼び続け、また舌を絡ませる。

 名前を呼ばれるたびに心の中が満たされていき、いつの間にか目に涙があふれていた。

 ほどなくして、深く穿たれた悠の動きが早くなり、苦しそうな声がひびいてくる。

「あ、蒼……好き、……はあ……好きだ……っ……」

 背中に悠の重みを感じ射精したのだと、真っ白になった頭でなんとなく感じた。

 しばらくその重みに幸福感を味わっていたが、ふと背中が軽くなったことに、急に恥ずかしさが込み上げる。今、背中向けていて良かった。

「蒼……顔みたい。こっちむいて」

「……っ」

 何かを察したのか、そんなことを言われてびっくりする。

「いやだ」

 簡単に体を反転させられ、すぐ近くに端正な顔が自分を見ていた。

 さっきまで煽情的な顔つきではなく、いつもの悠の顔で、にこにこと見つめられる。

「ゴムたくさん買ってきたから、なくなるまで、しよ」

 さわやかな顔で、すごいことを言ってくる。

「いやだ」

 いつまでも、にこにこしながら見つめ、なんで? と言って、蒼の頬をなでる。

 この付き合いをずっと続けていきたい。

 初めて一緒に過ごす年末年始。これからも彼のいろんな面を知ることになるし、自分も見せることになるだろう。

 幸せな気持ちと同じくらいの不安がある。この反する感情は、ずっとついてまわるものなのだろう。それでもずっと一緒にいたい。

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