無題

後日談

 幽静館から帰ってひと月が過ぎた。

 冷え込んだ年末に続く正月は比較的暖かく、冬休みが明けるとうって変わって寒い日が続いた。田端にもかなりの雪が降ったけれど、通学に支障をきたすほどではなかった。

 合宿のことは忘れたように、この一か月を過ごした。

 帆村さんからメールが届いたのは二月の頭だった。質問があって面会したいという簡潔な本文と一緒にテクストファイルが添付されていた。

 帆村さんのメール本文には、面会を希望する日にちと、面会が可能ならそれまでに添付した小説を読んでおいてほしい旨しか書いていなかった。

 ぼくは了承するメールを返した。

 添付ファイルの内容は、合宿で問題となった原稿本文、そして合宿の経過を書き記した「第一話」、「第二話」、「第三話」だった。「第一話」が冬実、「第二話」が春花さん、「第三話」が夏樹君によって書かれたものだ。秋穂君の「第四話」はなかった。

 ぼくは合宿中に読むことはなかったので楽しみ半分、自分の描写が含まれていることもあって気恥ずかしさ半分で読み始めた。

 読み終えて、尻切れトンボの印象と微かな違和感が残った。特に「第三話」の結末、夏樹君はどうしてしまったのかと思った。本気で書いているのか疑わしい。不穏な雰囲気はあったけれど、殺人の可能性を考えるほどではなかった。

 何より、春花さんが「第二話」を書いていないという指摘についてだけれど、ではどうやって春花さんのふりをして夏樹君に送付するというのか。仮に冬実父が館内を自由に移動できたとして、春花さんのパソコンや携帯までは使えまい。まじめに指摘しても仕方ないかもしれないが。

 この文章だけならば、ラストを盛り上げて「第四話」に繋ぐつもりだったのだと推測できるけれど、実際に夏樹君はぼくを追いかけて冬実の実家に来た。ぼくはちょうど到着したところで、わけを聞く暇もなく二人で玄関に立った。

 迎えに出たのは冬実だった。

 ちょうど下宿先から戻ってきたところだったという。夏樹君は平然としていたけれど、「第三話」を読んだ今からふり返ると、自身の誤りを必死に押し隠そうとしていたのかもしれない。

 冬実と夏樹君とともに幽静館へ戻った。妙な緊張感のあった二日目に比べ、三日目はごくあっさりと終わっていった。冬実に変わったところはもちろんなく、春花さんもいつもの調子を取り戻していた。秋穂君だけは体調が優れないようだったけれど。

 結局のところ、小説は完成しなかった。もともと何を書くかも決めず集まったのだし、皆は気にしていないようだった。別れ際、できれば後日読みたい旨を帆村さんだけが言い添えていた。

 ひと月を経て、帆村さんのもとに届いたということなのだろう。

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