「推理」(その二)

 何かが起こっている。

 当初考えていた原稿の謎とは別の疑問が頭をもたげる。具体的に何が起こっているのかはわからない。何かが起こっているはずだと思うのだけれど、そう思ううえでの証拠は「第二話」とその作者・春花の不審な挙動だけだ。

 帆村は春花に対してハッタリで言及していたが、蔵の中の本などは考えるに値しない。

 いや、そもそも証拠なんて役に立たないのだったか。

 小説内の話としては、細かな物的証拠の描写を揃えて犯人を指摘したところで、作者はその相手のキャラクターに「いいえ、わたしではありません」と言わせることができる。そう書いてしまえばいいのだから。そして反証となる条件を一つ二つ新たに書き加えてしまえば、いくらでも犯人捜しを続行できる。条件を加えれば加えるほど辻褄は合わせにくくなるだろうから、もちろん作者の手腕によるけれど。

 春花が書いていた後期クイーン的問題とは、そういうことだろう。小説が依拠するフレームがなければ、事件を無限に拡張できる。もちろん作家の体力や原稿の上限などによっていつかは終わらざるを得ないが。

 これは実は、小説外の現実でも同じことだ。非常に抽象的な言い方だが、実証に基づいた絶対の真実など現実でさえ決定不可能なのだ。おれたちは現実だろうが虚構だろうが、結局は人間関係の落としどころを探すしかない。

 この文章は連作の一部として書かれている以上、何がしかの方向をもった物語として終わるべきだ。小説と物語は違ってテーマも起承転結もいらないといった議論があるらしいのは知っているけれど、現段階の作者はおれなので、おれの趣味に合わせる。

 フレームはいちおう設定されている。

 この小説は、読者である芙由美のために書かれる。

 芙由美のためのこのミステリーの謎解きをどうしよう。


 謎は二つ。

 冬実の部屋に現れた原稿の謎と、「第二話」の最後のシーン。原稿はなぜ・誰によって書かれ、どのように冬実の部屋に届いたか。「第二話」の最後のシーンは現実なのか虚構なのか。現実ならば、冬実はこの家で何をしているのか。

 原稿の謎は、「第二話」に書かれた帆村の解答でいったん片づけておこう。

 考えるべきは「第二話」の最後のシーンだ。冬実は金属バットで春花を殴りつけているわけだが、帆村がにおわせたように、冬実はこの家に潜んでいて何か企んでいるのだろうか。例のシーンだけなら、まるで春花は死んでしまったかのように読める。春花を殺すため冬実は蔵に潜んでいて、このあとの展開としては、冬実は館に残ったおれたちを次々と殺害していく、といったところだろうか。

 さすがに冗談だ。当の春花が、自分の殺害される「第二話」を提出するなどできるわけがない。殺害は冗談にしても、けがをした様子さえない。やはり例のシーンは、現実のことではないと断定していいだろう。

 では、なぜ春花はあんなシーンを書いたのか。そして春花の不審な様子の理由は?

 例のシーンは現実ではないとして、しかし、あのシーンと現実の状況自体は、おれや帆村が館から離れている間に何かが起きたことを示している。

 おれの直感を言おう。何が起きたかはまだ詳しくはわからないが、春花の様子に対する説明にはなるはずだ。

 すなわち、春花は「第二話」を書いていない。

 そして、おれに宛てて送信もしていない。

 そう思うのは、直感なので理由など後づけに過ぎないのだが、やはり春花が安易に芙由美を持ち出すとは思えないからだ。もともと春花は、現実をネタにするのだから登場人物には配慮するように、と冬実に釘を刺していた。

 誰かが偽造したものなのだ。そしてそいつは、芙由美の名前と、春花が冬実に殺されるシーンをおれに読ませたかった。春花のパソコンを操作し、おれに偽の「第二話」を送りつけることには成功した。しかし冬実のように春花を始末することはできなかった。

 始末できなかった……。そう。冬実はすでに殺されていると思う。帰ったわけではなかった。謎は二つではなく、冬実の行方を加えて三つだったのだ。そして「第二話」は、冬実を被害者ではなく犯人として疑いの目を向けさせる意図もあるのだ。

 これは、殺人事件なのだ。

 まず犯人は冬実を殺した。「第一話」も偽造かはわからないが、あれを春花に送信することで殺人の事実を隠蔽した。そして、春花を殺し、偽造した「第二話」をおれに送りつけるつもりだった。「第二話」のラストは春花の殺害で終わるが、現実の春花も姿を消すはずだった。

 しかし、計画は何らかの原因で失敗した。春花は生き延び、現実と一致しない「第二話」だけがおれに送付された。春花は、おれが「第二話」について質問しに行ったとき、自分の書いていない物語を前に戦々恐々していたのだろう。

 もちろん、わざわざ「第一話」で殺人を隠蔽したのに、「第二話」の最後のシーンなんて読ませたら、事件が起こっているとバレてしまう。しかしそれこそが犯人の狙いだったのだ。何かが起こっているという不安を徐々におれたちに植えつけたかった。

 なぜか。たぶん復讐だ。ここで、芙由美の名前が登場することが意味を持つ。芙由美の死をおれたちのせいにして、おれたちを恐怖に陥れたうえで殺したかったのだ。

 犯人は誰か。

 むろん秋穂というのが自然な解答だ。おれと帆村と木崎は確実に館を離れていた。春花に危害を加えられる人物は秋穂しかいない。

 しかし秋穂が芙由美の復讐を考えるだろうか。たしかに秋穂は、芙由美とは多少の交友があったはずだし、今回の合宿は殺したい相手が集まった絶好の機会かもしれない。けれど六年のときが過ぎている。殺人に踏み切るほど強い動機を持ちうるだろうか。

 芙由美の死を悲しみ、おれたちを憎む人物。

 それは父である府本田端だ。

 田端なら動機だけでなく殺害方法も納得がいく。彼は合鍵を持っていたのだ。合鍵さえあれば、この館内で何をするのも自由だ。冬実の死体も持ち去ってしまえばいい。

 ひょっとすると、例の原稿も田端が書いたのではないか。

 そう。あの原稿は一度に二つのことを伝えていたのだ。

 一方で魂である芙由美に対する呼びかけ。

 六年前の事故以降、冬実はとても芙由美に似ていた。彼女には、芙由美が宿っていた。あなたは誰か思い出せ、と。あなたは自分の本当の身体を探さなければならない、と。

 他方で身体である冬実に対する殺害予告。

 なぜ生きているのが芙由美ではなくおまえなのだ、と。おまえは身体を芙由美に返さなければならない、と。


 ふと思い出す。

 木崎が冬実の実家へ向かってしまった。おれたちだけでなく、木崎も殺害対象に入っているなら、きわめて危険だ。

 今すぐ助けに行かねばならない。

 そして冬実の死体を見つけ、この推理を立証しなければならない。

 おれは館を飛び出した。

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