聞き込み

 冬実は電話に出なかった。

 おれはとりあえず秋穂の部屋に向かった。

 冬実が現れた時間、館にいたのは秋穂だけだ。何か知っているかもしれない。

 扉をノックした。返事はないので、入るぞと声をかけて開けてみた。すんなりと開く。秋穂は机に向かっていた。室内は電気がついていなくて薄暗く、机の上で開かれているノートパソコンのディスプレイがまぶしかった。

 電気をつけた。秋穂はゆっくりとふり返った。その顔はげっそりとやつれていた。今朝から会わなかっただけなのに、数日を経たかのような錯覚があった。

「どうした、夏樹」

「いや、おまえこそどうしたんだよ」

「ぼくは問題ないよ。何か用?」

 うつろな目がおれを見つめた。おれは軽薄を装って答えた。

「ちょっと執筆に協力してほしい」

「へえ。ぼくが聞いてもいいのかな。まあ、書く前に前作の内容を知っちゃいけないってルールはないけど」

 いやおまえそれ以前に書けるのかよ、と思ったが言わないでおいた。

「まず『第二話』についてなんだが」

 おれは帆村にした話を秋穂にも伝えた。

「で、最後のシーンなんだけど、秋穂は何か知らない? 冬実が帰ってないかとか」

「さあ。昼ごはん食べたら仮眠とってたからね。庭もよく見えないし、外の音もここからは聞こえないし。力になれなくてごめんね」

「いや」

 ここも進展なし、か。

「ついでに訊くけど、秋穂は原稿の謎はどう考えてるの?」

「そうだね、春花が話してくれた、帆村さんの案が正しいんじゃないかと思うけど。でも書いたのは木崎君なのかな」

「冬実はそう確信してたみたいだな」

「でもぼくたちもよくやってたよね。誰かが冒頭だけ書いて、みんなで継いでいく。今回のもそのノリなわけじゃん」

「そうかもだけど。あれ、もしかして秋穂が書いたの?」

「春花か、夏樹の可能性もあるけどね。忘れてるだけで」

「なんか冬実によると、小さいころ木崎は冬実の妹のために書いてあげていて、だから今回のも木崎が書いたんだってことらしい。『第一話』で書いてた」

「よくわかんないね」

「うん。よくわからない」

 秋穂は微笑した。

「冬実の妹についてだけどさ、春花もたいがい変なこと考えるよね」

「え、冬実の妹が宿ってるって話?」

「そうそう」

 さっきまで書いていたことを考えると、おれも他人のことは言えないが。

 秋穂は続けた。

「冬実の妹のこと、憶えてる? 春花は名前も忘れてたんだけど」

「らしいな。おれも、まあ名前までは忘れてなかったけど、頻繁に顔合わせてたのは保育園くらいまでだからな。盆と正月にも会ってはいたけれど、話はしなかったし。正直、あんまり憶えてはいない」

「そうだよね」

「秋穂は仲よかったんだっけ」

「まあ、そこそこね」

 おれは秋穂から視線をそらした。だんだん居心地が悪くなってきた。

「やっぱ、冬実には見せらんねえよな。さすがに死んだ妹ネタにされてたら怒るよな」

「うーん。ぼくは読んでないからはっきりとはわかんないけど、ふざけたような書き方してるなら駄目だろうね」

「ふざけてるって感じでもないけど」

 どういうつもりで書いたのか、読んだときも判断に困った。

 冬実の「第一話」のラストだってそうだけれど。あれは、とにかくミステリー的な謎かけではない。自分の積年の悩みが急に出てきてしまったみたいな。わざわざ小説内で書かなくても、と思った。

 おれが言いよどんでいると、秋穂が明るい声で言った。

「でも冬実、たしかに取り憑かれてる感じはするよね」

「は?」

「ほら、『鬼神の体』。夏樹も、あの小説が六年前の冬実に似てるって言ったじゃん」

「まあ、そうだけど」

「あの事故から冬実、妹にどんどん似ていったんだよね。いなくなった妹の代わりを引き受けるみたいな感じで。大学で久しぶりに再会して、当時と全然変わってなくてさ。思ったよ。まだやめてなかったんだなって」

 秋穂の声は途中からかすれていった。もうおれを見ていなかった。椅子に深々ともたれて今にも眠りそうだった。

 おれは尋ねた。

「疲れた?」

「うん」

「結局、なんで忙しかったの?」

「いや。実はね、今回の連作とは別に小説を書いていてさ。その関係」

「小説って、仕事?」

「まあね。軽いのだけど」

 驚いた。おれたち幼馴染の中では、秋穂だけが本気で作家を目指していたけれど、本当に仕事を得るまでになっていたとは。

「おめでとう」

「ありがとう。でも、続くかわかんないから」

「なれただけでもすごいよ。おれは、仕事になんてできないと思う」

「ぼくはこれしかできないから」

 秋穂はそう言うと、少し寝たいと言って立ち上がった。食事はいらないとつけ加えた。おれは頷いて、もう一度おめでとうと言って部屋を出た。

 現実感がなかった。

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