「第三話」 深町夏樹
事件?
合宿二日目の午後三時。おれと帆村、木崎は館に戻った。
昼食に行くついで、田畑地区周辺の史跡や歴史的建造物を見て回った。観光は帆村の要望だった。帆村は大学で歴史を専攻しているらしく、地域の歴史に興味を持っていた。おれと木崎が案内役ということで出発したけれど、帆村は地元の高校が昔編集した解説書を持ってきていたので、けっこう広範囲の、おれたちが知らないようなかなり細かいところも回った。次第に市内を離れて隣県境まで足を延ばし、山奥までわけ入っていったので帰りは予定より遅くなった。
館内は静かだった。リビングには誰もいなかった。
自室に戻ったところで、春花からメールが届いた。短い本文に「第一話」と「第二話」が添付されていた。
一時間ほどかけて読んだ。
ミステリーを書くという予定だったけれど、果たしてこれはミステリーなのかと首を傾げる内容だった。
少し考えて、でもこれしかできないのかと思った。
連作の方針について冬実から提案があったときは、面白いかもと思ったものだが、こうして春花がいろいろ考えた結果を見ると、やっぱり難しかったとわかる。証拠なんて残らないし、残っていたとしても素人には簡単に意味づけできないものかもしれない。
冬実の提案はあくまでテキトーだった。そこには、書くことは現実に即していなくてもいいというニュアンスも含まれていた。嘘というか、面白くなるならすべてがフィクションでもいい。ただ、おれとしては、できるだけ「第一話」に書かれたことから、論理的に物語を展開するべきだと思っていた。
けれどそれにも限界があるのだ。今後は虚実織り交ぜて、とにかく盛り上がるように書いていけばいい。
考えるべき問題は、そこではない気がする。
そもそもの謎は、密室に現れた例の原稿についてだった。誰が・なぜ・どうやって届けたかだ。
帆村によって、納得のいく解答は得られている。書いたのは木崎。木崎はある種の遊びとして、冬実(ではなく冬実の妹なのか?)が書く小説の冒頭部分として書いた。たぶん木崎と冬実が中学生のときで、何かの間違いで原稿は乱歩かクリスティの文庫本か小学校のアルバムに挟まった。そのことを二人は忘れてしまって、昨日、冬実がアルバムを開いた際に出てきた。
いろいろ不明な点も多いけれど、まあ納得はいく。
しかし、春花はそこで別の解答を用意しようとする。原稿の謎を、偶然ではなく、必然として解釈しようとする。
「第二話」では、誰が・どうやってかについての結論は得られていない。一方で、なぜかについての思考がやたらに肥大化している。原稿が届いたことを必然として、つまり冬実に直接宛てたメッセージとして解釈しているせいで、原稿の内容まで考えざるを負えなくなっているのだ。
結果、死んだ冬実の妹が春花に憑依してしまっている。
ミステリーに思えないのは、証拠に基づいた論理的推理云々よりも、たどり着いた結論があまりに現実離れしているからだ。
春花は、ミステリーであるためには謎と論理的解決さえあればいい、というか、論理的な文章を読む面白さがあればいいなどと書いている。
たしかに、筋道立てて書こうとはしてるみたいだけれど。
というか、この小説がミステリーかどうかは問題ではない。そんなのは読む人が決めることだ。ジャンルの定義なんて、素人のおれたちが議論したところで生産的な会話にはならないだろう。後期クイーン問題だなんだと難しそうなことを持ち出しているけれど、そもそもこっちはミステリーオタクではない。作者が恣意的だフェアプレイじゃないとか、そんなツッコミを入れようと構えてなんかいない。
結局、誰が・どうやってかについての思考は、証拠がないからという理由でほとんど触れていない。そしておれと秋穂に丸投げしている。
いや、そんな問題でもないのだ。春花が無茶な話を書くことは薄々わかっていた。それに、いくら話が錯綜しようが、おれや秋穂が強引にでも落ちをつければいい。春花は、関係者のアリバイや物的証拠が事件の輪郭を決めるなどと書いているけれど、最終的にそれを確実にするのは作者が書く事件の「真相」でしかない。
そうではなくて。
この流れでは、おれにも芙由美が憑依していることになる。
春花は、芙由美か誰か読んでいる人が何かを得られればいいと書いている。この小説を死者のための物語になるよう、方向づけようとしている。
生きている人を扱うのだから注意しろと言ったのは春花だが、死者ならなおさらではないだろうか。それも冬実の肉親だ。おれは他人だから関係ないけれど、冬実は嫌がるんじゃないか。
あと、最後のシーン。
冬実が現れたというのだ。
今朝、冬実は下宿先で問題があり帰ったとのことだったけれど、いつ帰るかは書かれていなかった。だからじきに帰るのだろうと思っていた。そして「第二話」を読んで、実際に帰ってきたのかと思った。
けれど、館に冬実がいる気配はなかった。
おれは春花の部屋の戸を叩いた。
すぐに返事はなかった。冬実と同じように、春花も自分の分を書き上げていなくなったのでは、という考えが思い浮かんだ。
もう一回ノックすると、ようやく春花は戸を開けた。その顔に表情はなかった。首もとと膝に視線を向けるが、けがをしているようには見えなかった。
「なに?」
「いや、『第二話』のこと、ちょっと訊きたくって」
春花は露骨に面倒くさそうな顔をした。午前とは違ってかなり機嫌が悪そうだった。
とりあえず。
「最後のシーンなんだけど、これ、冬実帰ってきてるってこと?」
「……さあ」
「さあって。実際に起きたことではあるんだな?」
春花は何か言おうとして目をそらした。気のせいか目が潤んで見えた。あからさまに様子がおかしかった。
「何かあったのか」
「ない。もういい?」
「よくない。今は冬実もいないんだし、問題があるんなら言ってもらわないと困る」
「別に、夏樹がこの場の責任背負ってるわけじゃないじゃん。ちょっと疲れたから、休みたいだけ」
本当なのか。
これ以上話を続けるのは難しい雰囲気だった。春花は何も言わず戸を閉めた。
芙由美のことについて、訊くことはできなかった。
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