書き足し

 芙由美ふゆみ、というらしい。

 冬実の妹さんの、府本芙由美。

 冬実というあだ名は妹さんに由来していたのだろうか。春夏秋冬で揃っているのだから四人で決めたはずだけれど、すっかり忘れている。

 キッチンで秋穂と話した冗談。冬実に宿っていた誰かは、わたしたちの視点を繋いで、本当の身体を探している。

 わたしにも芙由美ちゃんが宿っている?

 けれど、芙由美ちゃんはもう亡くなっている。探すにも、本当の身体はない。それに気づくことが、あの原稿の意図だったのだろうか。死んだことに気づかずさまよう幽霊。その成仏のため。

 あまり趣味のいいアイデアではない。

 冬実もさすがに怒る。

 別の可能性はないだろうか。もう少しまじめに考えたほうがいい。密室に原稿を置く手段、それができる人。

 当時、わたしを含めて、冬実以外の人は車でこの館を離れていた。冬実が最後に出て、最初に帰ってきた。鍵は冬実だけが持っていた。

 わたしは帆村と確実に一緒にいた。運転していたのはわたしだから、食事中に帆村がちょっと席を空けて家に戻ることはできないし、そんな暇もなかった。別れた夏樹、秋穂、木崎君の三人も同様だろう。

 この六人以外の人間が忍び込むことは可能だろうか。さすがに、まだ名前も登場していない人にまで広げると、不確定な部分が多すぎる。

 そうだ。ベタに冬実が犯人というのでどうだろう。すべて連作のネタにするための自作自演だった。結局、原稿を見つけたのが意図的かそうでないかの違いだけれど、物理的な条件は解消する。

 なんて。

 いろいろ考えてみるけれど、そうなると今度は物的証拠や犯人の証言が必要になる。結局、現実が対応しないと全部妄想のままだ。

 冬実は、こうなることを考えなかったのだろうか。真実なんて簡単には見つからない。そもそも証拠となる現場も冬実が解体してしまったのだし。ほんと、なんで帰っちまうんだよ。

 いい加減、書くのも考えるのにも疲れてきた。もうこれ以上アイデアは出ない。

 夏樹も秋穂も続き書けるのかな。わたしならお手上げだ。

 最後に、ちょっとだけ書いておこう。

 やっぱり、わたしは芙由美ちゃんのことが気になっている。芙由美ちゃんじゃなくても、冬実を通じてわたしに誰かが宿っているといて、なんというか、その人には、この小説によって何かを得てほしいと思う。


 ふと、窓の外に人影が見えた。

 庭の木々の間を小柄な誰かが歩いていく。

 秋穂だろうか。夏樹たちが戻ったか確認はしていない。

 人影の行く先にはたしか土蔵がある。府本田端の蔵書を収めた書庫。

 まだ見ていなかった。この館での合宿に賛成したのは、やはり一番には作家の家に興味があったからだ。

 見たい。

 マフラーを巻き、コートを羽織って外へ出た。リビングに人気はなかった。

 空は重苦しい灰色だった。今にも雪が降りそう。吐く息が白い。

 石畳の道を足早に歩いた。松や銀杏、躑躅、梅が植えてある。荒れていると冬実は言っていたけれど、綺麗に整えてあるように見える。

 風が冷たい。指先がかじかむ。

 木々の合間に土蔵が見えた。やけに遠く感じる。

 扉は空いていた。

 がさりと木々の揺れる音がした。

 ふり返ると、冬実が立っていた。切り張りした画像みたいに、その姿は白い風景から浮いていた。

 手には金属バット。顔に表情はない。

 名前を呼ぼうとして、声が出なかった。ただただ現実感がなかった。

 冬実がバットを振りかぶった。とっさに避けたわたしの頭をかすめて、梅の幹に傷をつけた。鈍い音がした。

 土蔵のほうへと走った。

 足がもつれて石畳で膝を擦った。汗がふき出し、うまく息ができなかった。

 土蔵の前で転んだ。

 後頭部に痛みが走った。

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