連作の方針
春花、夏樹、秋穂は一階のリビングにいた。
ソファに春花と夏樹、庭に面した窓際の肘掛椅子に秋穂が座っていた。
秋穂は手もとにノートパソコンを開いていた。画面にはテクストファイルが表示されており、ふたりと話しながら何か書いていたようだった。
春花が一番にわたしに気づいた。
「あ、
「じゃんけんで決まったんだし、仕方ないよ。自分で決めるとも言っちゃったし。その代わり、どんな始まりでも文句言わないでね」
「方針くらいは聞いておきたいんだけど」
控えめに秋穂が言った。口調は穏やかだけれど、顔の表情からは少し神経質そうな感じもする。
わたしはキッチンからもう一脚椅子を持ってきて腰を下ろした。
「その話をしに来たんだ。木崎君はいないんだね」
「庭を散歩してくるって」
少し素っ気なく夏樹が答えた。設定やキャラに一番こだわっていたのは彼だった。
わたしは気にしないふうの明るい声音で言った。
「庭かあ。荒れてると思うけど大丈夫かな」
「広いよね。この家もだけど」と春花。
「そんな広くもないんだよ。山が近いからちょっと広く見えるの」
「冬実のお祖父さんが建てたんだよね」
「そう。若いころは売れてたらしいから」
祖父もミステリー作家だった。一瞬の繁栄に任せて建てた文字どおりロマンの城というわけだ。おかげで両親は処分に悩みながら慎ましやかに暮らしている。
「あ、掃除はしておいたけど、汚かったらごめんね。冬だから、あんまり虫とかは出ないと思うけど」
春花は微笑んだ。
「気にしないよ。それで、連作の話だったよね」
「そう。まず、これなんだけどね」
わたしは原稿用紙を座卓の上に載せた。
三人とも表情を変えなかった。突然置かれた文章をじっと見つめた。
「お昼ご飯から戻ったら、わたしの机の上に置いてあったんだけど、誰か知ってる?」
皆が否定した。嘘をついているようではなかった。
秋穂がつけ加えた。
「でも文章自体は冬実のお父さんのじゃなかった?」
予想どおり「鬼神の体」を読んでいたらしい。
「わたしも忘れちゃってるんだけど、帆村さんはそうだって言ってた。問題は、これがなんでわたしに届いたかってことなんだけど」
わたしは帆村さんと話したことをみんなに聞かせた。この原稿がいつ置かれたか。「あなた」は誰を示しているか。わたしに何を伝えたいのか。
春花が言った。
「なんか、不気味だね」
「そうか?」と夏樹。「そういう現象が起きそうな家じゃん」
「え、ひどい」
「悪口のつもりで言ったんじゃないよ。この家って『幽静館』っていうんだろ。名前からして『幽霊館の殺人』って感じで、ホラー風味のミステリーでも書けそうな雰囲気あるよ。冬実の爺さんもそのへん狙ったんじゃないの?」
「殺人とか、怖いこと言わないでよ」
春花は低い声でつぶやいた。
秋穂が平坦な口調で言った。
「まあ、ホラーというほど怖くもない文章だけどね。冬実に宛てた意図も曖昧過ぎる」
「そうなの」とわたし。「帆村さんは、幼馴染のうちだけでわかる暗号なんじゃないのって言ってたけど、なんか思い当たる?」
これも三人とも否定。
秋穂が言った。
「いちおう訊くけど、田端さんの原稿っていう可能性は?」
「祖父ならともかく、親父はパソコンで書いてたろうからな。それに、こんな下手な筆跡じゃなかったと思う」
「うん。どうも子どもっぽい字だよね」
春花が言った。
「それで、これが連作とどういう関係があるの?」
「とりあえず内容はミステリーにしようって決まったじゃん。だとすれば、第一話は出題編になると思うんだよね。でね、謎はこの原稿にしようかと思うの」
三人とも反応に困っている様子だった。
代表して春花が尋ねた。
「どういうこと?」
「この謎を解く過程を小説にするの」
「現実に起こったことを、そのまま書くってこと?」
「だいたいは、そのつもり」
「たしかに、日常の謎って感じの原稿ではあるけど。でも、わたしたちも帆村も書いてないってことは、木崎君の仕業なんじゃないの?」
「そうだね。そういうつまらない落ちがつく可能性もある。だから、みんなで面白くするの。わたしはできるだけありのままに書く。ただし、現実で真相がわかったとしても、それはあまり考慮しない。伏線になりそうなことだけを、第一話には散りばめておく。で、みんなには、わたしが書いた事実から論理的に物語の続きを組み立てて、面白い『解決』を創作してほしいの。解決は、現実の真相と違っていても構わない」
「現実の事実からミステリーを書け、ってことか」
秋穂が言った。
「構わないけど、それは後になるほど大変だね。ぼくは第四話だから、解決編になるってことだろう」
「別に春花も夏樹も解決してくれていいんだよ。多重解決ってやつだね。あとの人は前の人の解決を否定しなきゃだけど。もちろん出題編を続けてくれてもいい。そのへんは任せるよ」
夏樹が言った。
「また面倒なこと考えたな。まあ、おれもいいけど」
春花だけは少し心配そうだった。
「春花、何か気になる?」
「みんながいいなら、やるけど。その、ひどいこと書かないでよね。いちおう実際に生きてる人を扱うんだから」
「ああ。その点はみんな気をつけないとね。誹謗中傷になるようなことは書かないこと。わたしも十分配慮して書くよ」
まだ納得しかねるようだが、春花は小さく頷いた。
わたしは腰を上げた。
「さて。じゃあ行くよ。明日の朝までには書くね」
早く書き始めたかった。筆が遅いというわけではないけれど、考えたいことがたくさんあった。
部屋へ帰りがけに夏樹が尋ねた。
「おれはもとの小説読んだかわかんないんだけど、この文章がそのまま出てくんの?」
「憶えてないんだよね。どうだっけ、秋穂」
秋穂は肩をすくめて答えた。
「キャラクターの台詞として出てくるって感じだったと思うよ。基本は全編通して三人称の文章なんだ」
夏樹はなぜか満足げに頷いた。かなり張り切っている様子だ。
「じゃあ、わざわざ二人称の文章に直したってわけだ。何か意図があるんだ。冬実、もとの本はこの家の中にはある?」
「あるかな。あとで蔵の中を探してみるよ」
土蔵は書庫として祖父の蔵書が収められていた。祖父が父の作品を評価していたかはわからないが、さすがに所蔵してはいるだろう。
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