六章 未来を勝ち取るために
「
「我らの領地を他国に譲り渡せと言うのか」
ズマライとヴォルフガングが口々に叫んだ。
ハリエットの言葉に
ハリエットは根っからの武人であるふたりの王の叫びにも負けず、真っ向から諸国の王たちを見つめ返した。そのなかでアンドレアとジェイのふたりは密かに全身の筋肉に力を込め、いつでも飛び出せるように準備していた。ズマライやヴォルフガングが
ハリエットは諸国の王一人ひとりと目を合わせながら言った。
「考えてみてください。もし、なにもしないままこの戦いが終わったらどうなるか。忘れたわけではないでしょう。わたしたちは、いえ、人類は、
また人間同士の争いが起こるのではありませんか? そんなことになったらこの戦いになんの意義があると言うのです?
人と人が殺しあう権利を取り戻す。
そんな目的のために
それに、アーデルハイドさまの
『人類にはこの世界を担う資格がある』
そう証明し、天上の神々を納得させなければならない。それができなければ今回の戦いで
「それは……」
さしものズマライが口ごもった。いかに『
「お話はわかりました。ですが……」
温厚なエリアスが控えめな抗議口調で言った。
「いままでの国の在り方を否定するような、そのような大がかりな改革をする必要があるのですか? 戦争を起こさないよう各国で条約を結べばいいのでは?」
「条約はこれまでにも幾度となく結ばれてきました。それが守られた試しがありましたか? 戦争をしては和解し、条約を結び、その条約が破られ、戦となる。その繰り返し。今度はうまく行く。条約を結ぶことで戦争のない世界が出来上がる。そんな風に言うことが出来るのですか?」
「いえ……」
「しかし、
エリアスが一言も言い返せずに押し黙ったあと、ヴォルフガングが言った。
「それはそのとおりです。ですが、なにもしなければなにもかわらない。それだけは確かです。いままでとはちがう世を求めるのなら、いままでとはちがうことをしなければならない。それも、上辺ばかりをかえるのではない。根本的にかえなければならないのです。
『誰もやりたくないが誰かがやらなければならない仕事』がある限り、差別はなくならない。同様に『戦争を起こす理由』がある限り、どう戦争反対を唱えたところで戦争はなくならない。戦争を起こさないためには『戦争を起こす理由のない世界』を作らなくてはならないのです。
たしかに、
誰かが最初に一歩を踏み出さない限り、永遠に目的地にたどり着くことは出来ないのですから。
ハリエットはそう言い切った。
「ですが……」と、巫女女王ハクラン。
「わたしたちがその提案に賛成したとして、どれだけの効果があると言うのです? この大陸には他にも多くの国があります。わたしたちだけが
「それこそ、実際にやってみなければ出来ないことでしょう。わたしたちがまず導入することでその効果を確かめる。それによってより良い世界が出来ると実証されれば他の国も真似る。やがては、大陸中に広まる。
逆に、うまく行かないことがわかればその試みは消滅する。それだけのこと。試してみなければなにもはじまりません」
「諸王陛下」
それまで黙っていたアーデルハイドが口を開いた。かの
「目覚めしものはわたしに言いました。
『ハリエットが自分の文明を生み出し、人類すべてに広がったなら、『世界を滅ぼさない文明』が築かれよう。そのような文明をもった人類であればまさに天帝の理想そのまま。人の歴史こそが選ばれよう』と。
ドンッ! と、高く、荒っぽい音が鳴った。
アンドレアだった。アンドレアがその拳で思いきり卓を叩いたのだ。世界の果てまで届けとばかりに大きな声で叫んだ。
「我がレオンハルトは
「なんだと⁉」
「正気ですか、アンドレア陛下⁉」
ズマライが叫び、エリアスが声をあげた。温厚で礼儀正しいエリアスにして一国の王相手に『正気ですか』などと言う失礼な物言いをしてしまう。それぐらい、アンドレアの宣言は衝撃的なものだった。
「むろんだ」
アンドレアは堂々と胸を張って答えた。
「わたしは正気だし、本気でもある。わたしは母だ。母となってそれまでは見えなかった様々なものが見えるようになった。そのひとつが
本来ならば食糧を生産し、運ぶための人手が
それこそがすべてのおとなの義務だ。
アンドレアはそう言い切った。
「しかし、アンドレアどの。本気で自分の国を他国に譲り渡すおつもりなのか?」
ヴォルフガングの言葉に――。
アンドレアはニヤリと笑って見せた。
「これはおかしなことを言う、ヴォルフガングどの。都市を奪われる心配ばかりするとは、貴国はよほど民に苦しい思いをさせているのかな?」
「馬鹿な! なにを言う。我が国は常に民のことを思い、民に尽くしておる!」
「ならば。なぜ、他国に都市を奪われる心配をする必要がある? 自国が優れた統治をしているという自負があるならむしろ、他国の都市を自らの都市にする好機と
アンドレアは挑発するように笑みを浮かべながら諸王たちの顔を見回した。
全員が押し黙っていた。そのような言い方をされては異議を唱えることは自分たちの統治は他国に劣ると認めるのも同じ。王としてそんなことができるはずはなかった。
このような論法で反論を封じるなど本来、単純な武人であるアンドレアにはらしくないことだった。国王となり、少しは成長したらしい。
「……わかりました」
エリアスが溜め息まじりに言った。
「たしかに、なにもかえようとしなければいままでと同じ。
人と人が殺しあう権利を取り戻すために
そんな無意味なことをするわけにはいきません。スミクトル国王として
「わたしも賛同します」
次いでハクランが言った。
「我がオウランは文化と芸術には秀でていても武力には劣る。戦乱となれば他国に呑み込まれる危険の多い国です。国民を守るため
全員の視線が残るふたり、北の雄国オグルの王ヴォルフガングと、遊牧国家ポリエバトルのズマライ・ハーンに集中した。ふたりは同時に溜め息をついた。それだけで部屋中の空気が動くほどの豪快な溜め息だった。
「……よかろう。我がオグルも賛同しよう」
「……我がポリエバトルの統治は万全であり、他のどの国にも負けん。都市の側が所属する国を選ぶというなら
ここに――。
諸国連合において史上初の
ハリエットは頭をさげた。そして、覚悟と決意を込めて宣言した。
「我々、諸国連合はここに正式に
第一話完
第二話につづく
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