五章 都市網国家

 スミクトル国王エリアス。

 北の雄国オグルの王ヴォルフガング。

 遊牧国家ポリエバトルのズマライ・ハーン。

 星詠ほしよみの王国おうこくオウランの巫女女王ハクラン。

 諸国連合を構成する各国の王がその場に集まっていた。その面々に対し、アーデルハイドが鬼界きかいとうで経験してきたことが語られた。

 ――信じられない。

 話を聞いた諸国の王たち全員の顔にその表情が浮かんでいた。

 その思いをはっきりと態度に、そして、口に出したのは星詠ほしよみの王国おうこくオウランの巫女女王ハクランだった。

 ハクランは首を左右に振りながら溜め息をついた。そして、言った。

 「……正直に言って、とても信じられません。鬼の世界に人間がいるとか、ふたつの歴史とか。まして、我々が勝利すれば鬼部おにべの世界が消滅するとか。アーデルハイドどのは本当にそんなことを信じておられるのですか? 目覚めしものとやらに騙されているだけでは?」

 ハクランはもともとアーデルハイドのことを嫌っている。巫女として生涯、純血を宿命づけられた身として、その体を使って各地の商人たちを籠絡ろうらくしたアーデルハイドに対してはどうしても嫌悪感がついてまわる。それだけに、誰よりも否定的なことを口にしやすい。

 ――巫女である自分がそんなことはなにひとつ関知できないのに。

 そこには、その思いもあった。

 未来を予知し、人々を導く巫女女王。その自分の役割に対して限りなき誇りをもっている。それだけに、自分が関知できない出来事があるなどとは信じることは出来なかった。

 ハクランに反論したのはアーデルハイドではなかった。スミクトルの若き国王エリアスだった。

 「ハクランさま。信じられないのはわかります。私も同じ気持ちです。ですが、否定する根拠がないのもまた事実。事実であった場合の影響の大きさを考えれば、事実であると想定した上で話を進めるべきでしょう」

 「それが道理だ。ここは事実であると想定するべきだな」

 「どのみち、やるべきことにかわりはない。鬼部おにべを倒し、この戦いに勝利する。それだけのこと。アーデルハイドどのの話が事実かどうかなどどうでもいいことだ」

 オグルの王ヴォルフガングがうなずき、ポリエバトルのズマライ・ハーンが言った。

 このふたりは根っからの武闘派であるたげに悩む必要もなくその結論に達していた。

 そんなズマライに対し、エリアスが反論した。

 「鬼界きかいとうに住まう人間たちのことをお忘れですか、ズマライ・ハーン? 我々が鬼部おにべに勝利すれば鬼界きかいとうに住む人々もともに消滅してしまうのですよ。仮にも我らの同胞がです。ハリエット陛下はそのことをこそ問題にしておられるのだと思いますが?」

 「このズマライはポリエバトルのハーンだ。おれが責任をもつべきはポリエバトルの民のみ。それ以外の人間のことまて責任は負えんな」

 ズマライの言葉にヴォルフガングもうなずいた。

 「王たるものには自らの民への責任がある。それは、他の何物にも勝る。自国民を救うために他国民を虐殺ぎゃくさつする必要があるというのならあえて、その罪を犯すのが王たるものの務め。それとも、エリアスどのは他国民のために自国民を犠牲にするおつもりか?」

 「い、いえ、そう言うわけでは……」

 エリアスは口ごもった。居心地悪そうに身じろぎした。

 そう言われてはエリアスとしてもなにも言いようがない。ズマライとヴォルフガングの言葉は粗暴で身勝手なものに思えてその実、『王としての責任』をはっきりと語っていた。

 王の本質は生け贄。

 自らのすべてを捧げ、国民のために尽くす。

 それが王。その義務と責任ゆえに代償として富貴ふうきに包まれた暮らしを送ることが出来る。決して、代償なしの権利として豪奢ごうしゃな暮らしを約束されているわけではないのだ。必要とあらば自分を養ってくれている民のため、いかなる罪も犯す。侵略もすれば、虐殺ぎゃくさつも行う。それが王の義務。若いエリアスもそのことはよく知っている。だからこそ、なにも言えなかった。

 「ならば、やることはひとつ。アーデルハイドどのの話が事実かどうかにかかわらず、鬼部おにべと戦い、勝利する。それだけだ」

 「その通り。やることはなにもかわらん」

 ズマライとヴォルフガング。

 会議は大陸でも屈指の武闘派ふたりに支配されつつあった。

 そのとき、アーデルハイドがハリエットに尋ねた。

 「ハリエットさま。わたしたちに会わせたい人物がおられるとのことでしたが、それは?」

 アーデルハイドの問いに――。

 ハリエットは静かにうなずいた。

 ハリエットが合図をするとほどなくして会議室の扉が開き、ひとりの人間が入ってきた。三〇代とおぼしき男で、見た目としてはなんら特別なところはない。中肉中背の体付きで顔立ちも平凡。人混みに放り込めばすぐに埋もれてしまい、見つけ出すことは困難だろう。

 そう思わせる平凡な男。

 ただひとつ、その双眸そうぼうだけが常人ではあり得ない知性のきらめきを放っていた。

 「わたしが招いた師のひとり、シンセイさまです」

 ハリエットが言うとその男、シンセイは軽く頭をさげた。

 「師?」

 「はい。わたしはわたしの望みを叶えるために大陸全土から師となってくださる方をお招きしました。シンセイさまもそのおひとり。いままでにない、まったく新しい国家の在り方を構想しておられる方です」

 「いままでにない国家?」

 「都市としもう国家こっか

 シンセイは静かにそう言った。

 「私は人の世から戦争をなくす。そのことを目的に学問に励んで参りました。人類の歴史を学ぶうちに気がついたのです。人類の歴史は戦争の歴史。しかし、戦争をする理由はただひとつ。『自分の望む暮らしを手に入れる』ことだと言うことに。

 世界中に自分の望む法を広めるために侵略し、他国が自分のほしい土地や資源をもっていればそれらを目当てに征服する。そうして、戦争の歴史が繰り返されてきました。そこで、私は考えたのです。いくさによらず都市を手に入れる方法があれば戦争など起こさずにすむはずだ、と。

 それこそが都市としもう国家こっか

 従来の領土国家は土地に縛られておりました。国境線で覆われた範囲が国家であり、その範囲内にある都市は否応なくその国家に所属しなくてはなりませんでした。つまり、『どの都市に生まれたか』で、自分を支配する法が決まってしまったのです。

 都市としもう国家こっかはちがいます。都市としもう国家こっかにおいては都市が国を選ぶ。それぞれの都市は自分の所属したい国家に契約金を支払い、自分たちを治めるための統治形態そのもの――法律から裁判官、軍隊にいたるまで――を、まるごと『輸出』してもらいます。そうすることで生まれや領土にかかわらず、自分を治める法を自分で選べるようになります。

 レオンハルトにある都市がスミクトルに所属し、スミクトルにある都市がオグルに所属し、オグルにある都市がポリエバトルに所属し、ポリエバトルにある都市がオウランに所属し、オウランにある都市がレオンハルトに所属する。そのようなことが可能になるのです。

 この仕組みを国家の側から見てみましょう。国家は契約したい都市に対し『我々はこれこれこのような統治を行う。だから、我々と契約した方が幸せだ』と都市を説得します。その説得に成功し、都市と契約を結ぶことが出来ればその都市を支配下におくことが出来る。戦争によらず、都市をふやし、領土を広めることが出来るのです。これが、私が戦争をなくすために考えた新しい国家の在り方です」

 シンセイがそこまで言って言葉をきった。

 ハリエットがあとを引き取った。

 「皆さま。アーデルハイドさまのお話を思い出してください。鬼部おにべとの戦いはふたつの歴史の戦い。その勝敗は戦いではなく、天上の神々を説得することによってのみつけられる。ならば、都市としもう国家こっかを導入し「戦争なき人の世」を作ることさえ出来れば、神々を納得させ、わたしたちの勝利とすることが出来ます。ですから――」

 ハリエットは立ちあがった。上半身ごと頭をさげた。

 「諸国の王たる皆さまにお願いします。どうか、都市としもう国家こっかを導入してくださいますよう」

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