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 それから、幾たびも季節は巡ってゆく。

 あの戦いで僕は神樹とつながり、その力を受け継いだ。

 神樹トネリコの秘めたる力は、想像を絶するほどに強大だった。世界そのものを破壊する執行者に打ち勝つほどの力だ。これだけの力があれば、多様性に溢れた美しい世界を生みだし、安定して運営することができるだろう。

 だというのに、どうして世界があれほどまで荒廃していたのか? 

 それには理由があった。トリネコはずっと眠り続けていた。僕が呼びかけるあの時まで、神としての目覚めすら迎えていなかったのだ。


 通常、世界の神は最大まで成長した後、それぞれ自我と世界を管理するという使命を自覚する。それをもって、神は神として目覚めるのだ。

 ここまでの大樹として成長していたトネリコも当然、すでに意識が芽生えているはずだと思っていたのだが、ところがどっこい。彼はまだ、完全に成長しきっていなかっだ。ルルディとの別れの間際、小さな花が咲いた。あれがトネリコの『開花』だったのだ。

 つまり、大樹がまだ目覚めていないにもかかわらず、世界だけが大きく成長してしまい。結果として管理者のいない世界は荒れ放題。あのような悲惨な有様だったというわけだ。

 普通なら神の目覚めよりも先に世界がここまで育つことはあり得ない。逆に言えば、目覚めていなかったにもかかわらず、あそこまで大きな世界を生み出していたトネリコの力がそれだけ強大ということだ。

 まあ、その結果、民は劣悪な環境下で生きなければならず、世界は発展することも出来ず。裁定で否決されかけているので、力が大きいことが必ずしも良いことであるとは言えないのだが。

 トネリコは自我が芽生えたものの、生命で言う赤ん坊の状態だ。神といえど、すぐにすべてを掌握し、正しく管理できる訳ではない。神は世界の成長と共に自我を育て、ゆっくりと一人前になっていく。生まれたての神様が、大きな世界の運営をひとりでこなせるわけもなく……。

 そんなわけで。その力を受け継いだ僕が代理として神様の役割を担うこととなったのである。

 世界の運営なんて当然未知の仕事だ。加えて、見ての通りこの世界は衰退の一途をたどっている。マイナスからのスタート。右も左もわからない中で四苦八苦しながら、それでもなんとかトネリコと二人三脚でこの世界を廻している。

 大地に根付いた大樹の根をできるだけ広くのばし、枯れた大地に力を送る。水を運び、森林を育て、生命が生きる土壌を作り出す。そうした努力の甲斐あって、世界は少しずつ豊かになってきている。緑は増え。そこに生きる生命が増え。生態系もようやく整ってきた。豊かな土壌が生まれたことで作物が育つようになり、民たちも食物に困らない安定した生活を送れているようだ。


 発展途上の世界は、無限の可能性に満ちている。ここから世界は、ゆっくりと成長し、技術と文明を発達させていくのだろう。

 裁定者としてこの地に降り立った僕が、何も知らずに世界を否定し、刈り取ってしまっていたら。今こうして芽生え、育ちつつある新たな命には出会えなかった。それを思うと、裁定というシステムがいかに危うく、間違ったものであることがわかる。

 同時に、この世界を否定してしまわなくて良かったと、僕は強く安堵する。もしあそこで彼女と出会わなければ、僕は大切なことに気付かず、今も多くの可能性を殺し続けていたのかもしれない。



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