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「どうして、あなたを恨まなくてはならないんですか。あなたが何者だってかまいません。どんな事情があったとしても、それは小さな問題です。あなたはこの世界を守ってくれた。私たちのために戦ってくれたじゃありませんか。その事実が答えです。……それだけで、十分なんですよ」
「……っ」
身体が震えた。胸が苦しい。目の奥が熱くなって、奥歯を噛みしめる。
「だから、もっと堂々としていてください」
少女のぬくもりによって、心が満たされてゆく。その言葉が何よりも安らぎを与えてくれる。そうして気付く。僕自身の心に。こんなにも弱り切った少女に、愚かな僕は縋っていた。恨まれても構わないなどと言いながら、本当は真逆のことを願っていた。なによりも赦しを得たかったのだ。
「すまない、……ありがとう」
「はい」
にこり、微笑んで。少女は僕を優しく包み込んでくれる。細い腕に精一杯込められた力。小さくゆれる心臓の音が、少しずつ弱くなっていく。
「――ルルディ」
「え?」
「君の名だ。ここではない、別な世界で花を意味する」
少女の瞳、星のない夜の光彩が震えるようにゆれた。
「嬉しい……お名前、考えてくださったのですね」
瞳を輝かせて。それから、けほけほとせき込む。小さな唇から真っ赤な血がこぼれた。身体を起こす力も、もう残されていない。弱々しく震える身体を膝上で支えて、強く抱き寄せた。
「生まれ変わりの話。僕も信じるよ。いつか君がまたこの花畑を訪れたとき、姿形が変わったとしても、名前が在ればすぐにわかるだろう?」
「……! はい――!」
満天の夜空に星が灯った。その端からこぼれた滴が、頬を伝って花畑をぬらす。
「必ず、必ずまた逢いに来ます。その時まで、待っていてくださいますか?」
「ああ。約束しよう」
「嬉しい。わたし、すごく嬉しいわ……」
か細い声から少しずつ力が抜けていく。それでも、少女は幸せそうに笑っている。
「……ルルディ。素敵な名前。トリネコ様、もう一度、呼んでくださる?」
うなずいて、その名を呼ぶ。
「ルルディ!」
何度も、何度も呼んでやる。そのたびに彼女は満ち足りたような笑顔になる。それが嬉しくて、寂しくて。どうか永遠にと、繰り返す。
「ありがとう、トリネコさま。わたし、あなたに出会えてよかった」
穏やかに優しい瞳はいつだって変わらず。僕をまっすぐにみつめている。伸ばされた手のひらを強く握りしめた。
「あなたはちがうと言ったけれど、わたしにとってはかみさまです。とってもやさしい、だいすきな、わたしだけの……」
たゆたうように揺れる、命の灯火。
「あり、がとう。トリネコさま……」
最期に微笑んで、舞い上がる花弁とともに空へと消えていく。
するりと僕の手の中から、彼女の腕が抜け落ちる。静かに花畑へと落ちるそれを、もう一度すくい上げる事はできなかった。
眠るように、穏やかに。花は永遠へと消えていく。安らかに微笑む少女。降ってきた一滴が、やわらかな頬を滑り落ちた。
「ありがとう。また逢おう、ルルディ」
小さな身体を僕はつよく、つよく、抱きしめた。
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