10
『ふざけるな!』
執行者が猛る。先ほど放った火龍。それと同じものが五体。大気をねじ曲げる灼熱を宿して、一気にこちらへとなだれ込む。獰猛なうねりが渦を巻いてすべてを紅蓮に染め上げようとする。
「そんなものに呑まれはしない!」
右腕を横凪に払う。
その一挙によって巻きおこった逆流がすべての龍を屠る。
「これ以上、この場所を汚させはしない」
『そんな、馬鹿な……』
無機質な天使とはかけ離れた変貌ぶりだった。執行者はひどくうろたえた様子で、ぎょろぎょろと瞳を動かしていた。
世界を容易く容易く消してしまえる力を持つ執行者は、創造主の造ったシステムにおいて最強の存在だ。裁定により世界を否決され、自らの世界を破壊されると知った神達が抗うことはあっただろう。それらすべてを執行者たちはその理不尽な力でもってことごとくを圧倒し、葬ってきた。彼らの執行を阻める存在など、この世界にはいない。今回だっていつものように、枯れかけた世界の抵抗など容易くねじ伏せられる。そう想定していたに違いない。
「在り続けようとする世界の意志を、あまり見くびるなよ」
『――ッ』
だからこそ、彼にとって今の状況は受け入れがたい、信じがたいものであるのだろう。執行者の瞳が大きく揺らぐ。執行者は淡々と責務を果たす機械のようなものだと思っていたが、そういうわけでもないらしい。さらけ出された激動は数多の物語に綴られてきた心の形とそう変わりない。
『邪魔をするな! 私に、執行者に反逆することが、どういうことか分かっているのか? 創造主に逆らう、世界のすべてを敵に回すということなのですよ?』
「言っただろう、僕は創造主たちを否定すると。それですべてが敵になるというのなら、望むところだ」
『狂っている……』
「それは、創造主の定めたこの世界のシステムの方だ!」
地を蹴り、駆け出す。見据える先は執行者。
僕の意志に呼応するように、大いなる力が隆起する。脈打つ心臓の音に共鳴して、空が、大地が、風が、生命の息吹が、猛り、溢れんばかりの力となって背中を押す。
一歩踏みしめた大地を突き抜けて、勢いよく木の根が飛び出してくる。天へと手を伸ばすように現れ出た数多の根が互いを抱くように絡まりあい、形作られた姿はまるで巨大な龍のよう。大河を思わせる激しくも雄大な流れが僕を乗せて空へと踊り、見据えた執行者へと一直線に突き進む。
「おおおおお!」
業火を放つ執行者。猛る声を上げながら僕は、行く手を阻むそれらの猛攻をかいくぐる。龍は標的をめがけて急降下する。口を大きく開き、その喉元へと牙を突き立てる。
『させません!』
龍が自らを食らうよりも早く、執行者はその両顎に刃を突き立て、四方に引き裂いた。閉ざすことの出来なくなった口蓋、その無防備な喉奥に灼熱を放つ。木の根で編まれた龍にとって炎は猛毒だ。燃え広がった炎は巨大な体躯を瞬く間に包み込んでいく。
『どんな力を得たとしても、所詮枯れゆく世界のもの。我々の喉元には届かないのです』
燃えつき、崩れ去る龍を眺めて執行者は不敵にわらう。
その口元が凍り付いた。
『!』
龍に意識を削がれていた彼は、眼下に迫る白刃に気付けなかった。閃いたそれを視界にとらえ、対処しようとしたが、わずかに遅れる。それは時間にすると一秒にも満たない。一瞬の出来事。
『な……!?』
執行者の足下から脳天にかけて、撫でるような風が吹き抜けた。彼がそれを知覚するのとほぼ同時に、刃と化した己の手足、その全てが身体から剥がれ、地に落ちる光景、それらを切り落としてみせた僕の笑みがその瞳に映る。
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