7

 身体から力が抜ける。バランスを崩し、倒れ込むように膝をついた。そうしてもたげた首を落とそうと、再び刃は振り下ろされる。ほとんど朦朧とした意識の中で、転がるようにして漸く避ける。どうにか体勢を立て直し。ぐらつく視界の中で執行者の姿を追おうと顔を上げた、その瞬間。彼方から放たれた業火に身体を焼かれる。


「ぐ、ぅ――っああ……」


 あつい、くるしい、いたい。のたうつように転げまわる身体に、炎は絡みついて燃えさかる。地面に身体をすり付けて、どうにか火から逃れたものの、もう何もできなかった。

 もはや自分の身体が繋がっているのかどうかもよく分からない。脳をかきむしりたくなる程の痛みが呼吸の度に全身を貫いて気が触れそうだった。全て放り投げて目を閉じてしまいたい。そうすれば楽になれる――そんな甘い誘惑が手招いているのがみえた。

 当然だ。相手は世界一つたやすく壊せるだけの破壊装置。はじめから適うはずがなかったのだ。守りたかった景色は燃えさかる炎の下。すべてきえて、なくなってしまった。

 すべてがもう手遅れだった。甘美な誘いのままに、すべて諦めてしまおうか。静かに目を閉じる。執行者が近づく、終焉の足音が聞こえる。帳がおろされ、真っ黒に世界は落ちてゆく。

 

 ああ、だめだ。


 真っ黒な世界。閉じた瞼の裏に焼き付いてどうしても消えない光景。小さくはかなく、されど美しく気高い。たったひとつの花。


 ぼくは、やっぱり。 

 うしないたくないんだ。 


 立ち向かわなければ。諦めてしまったその瞬間、すべてが無に還る。

 僕にはこの世界のために戦う義理も理由もない。だというのに、ここにある尊い命が無造作な手によって簡単にひねりつぶされてしまう。それがどうあっても許せない。嫌だった。駄々をこねる子供のように、地面に手足をバタバタと打ち付けて暴れたくなるほどに。誰の手にも触れさせたくない。壊されたくない。それだけの衝動が、僕を愚かにも突き動かす。

 喉が震える。猛るように僕は叫んでいた。ほとんど感覚のない身体を引きずるようにして、小さな刃だけを手に、僕は無謀にも突き進む。

 見据えた執行者は自暴自棄の突進に辟易として、無感情な顔を揺るがすこともしない。羽虫を屠る程度の、ぞんざいな刃が振り下ろされる。

 儀式刀を握る手が、その腕ごと吹き飛ばされた。足は止めない。宙に舞った刀を口でくわえ、なおも僕は走る。何ができるかなど、考えることもせず。ただ、このまま終わらせたくはないという。執念にも似た衝動が体を突き動かす。理由もわからぬまま、突き動かす感情に任せて、僕は今、世界の理そのものともいえる存在に抗い、牙をむいている。


 無情。逸る心に現実は届かない。横薙ぎの一閃が断ったのは、僕の胴。地を蹴りつけ進もうとする脚が崩れ、分かたれた身体はそのまま地へと打ち付けられる。

 呼吸が止まる。つぶれるような重力が内蔵を圧迫する。加えた刃が口から抜け、遙かに転がる。そうしてようやく、焼き切れそうな痛みが脳を走って、視界がまっしろにスパークした。

 

「――…………!」


 声にならない音が、血液とともに喉から溢れた。

 濁流のように押し寄せた雷轟が脳をかき混ぜ、世界の全てを飲み込んだ。と思えば、すぐにその感覚すらわからなくなった。灼熱を感じた、次の瞬間、凍えるような寒さが全身を蝕んでいく。

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