6
天上にあるはずの灼熱の恒星が降ってきて、目の前にまで迫っている。そう錯覚する。およそ生命が生きていけるものではない。それほどの高温。意識が朦朧とする。
高まったエネルギーが最大まで達したところで、執行者はその腕を振り下ろす。瞬間。紅蓮の業火がほとばしった。世界すべてを燃やし尽くす、消却の炎。無数の火山弾が上空から降り注ぎ。竜のごとく唸りをあげた竜巻が、燃えさかる火の衣をまとって地を疾る。
地獄と見紛う光景が、守るべき大地を脅かす。少女も、花畑も、世界のすべて飲み込こんで、灰燼と変えていこうとする。
そうはさせるか。そんなことは、絶対にさせない。霧散しようとする思考を必死に働かせ、動かない身体を無理矢理に動かす。自身の持ちうる、全力の力でもって防壁を展開する。あまたの層を織りなした大気の膜をドーム状に展開し、花畑を包むようにに巡らせる。業火を防ぐ大気の傘だ。この場所だけは、ぜったいに失わせない。
『諦めなさい』
静かな声が響く。一瞬だった。業火を前に僕の力はあっけなく砕かれる。無情にも炎は地上へ注ぎ。凛と咲く命のすべてを容易く飲み込んでしまった。
「――――…………」
空気が喉奥で詰まる感覚。血の気が引いて、視界が狭まる。脳と身体をつなぐ、意識の糸が、ぷつりと切れてしまいそうだった。炎はどんどん燃え広がり、一面を海へと変えていく。美しく尊い風景が、無惨な紅蓮に染め変えられて。焼け焦げて、灰となり、崩れ去る。
『攻撃を避ければ周囲に被害が及ぶ。そう考え、攻撃をあえて受け止めていたのでしょうが。それもすべて無駄でしたね』
眩暈がした。視界の景色がどこか遠くの世界の出来事のように感じる。臓腑のすべてをひっくり返してぐちゃぐちゃにかき混ぜたような、声にならない慟哭が全身を震わせた。身体はもう動かない、そのための力も、理由も尽きてしまった。必死につなぎ止めていた思考も薄れ、真っ黒な帳が落ちていく。
甘い、熟れた果実のにおいがする。
散り散りになりかけた意識が形を取り戻す、ふと見上げた視界。靄の中に大樹が映った。炎に包まれた世界の中で変わらず、雄大な立ち姿を保っている。どっしりと大地に根を張って、悠然と風に葉を揺らして。静かにたたずんでいた。
思い出す。あそこには彼女がいる。大樹が健在ならば、彼女もまだ無事かもしれない。なんとしても彼女だけは、守らなければ――残った最後の希望。駆り立てられた僕の身体は、再び動き出そうとする。
ふらつく身体をやっと起こして、一歩を踏み出す。その鼻先を、断罪の鎌がかすめた。ふう、と息を吹きかける、そんな他愛もない動作でもって振り下ろされた一撃。反射的に体が動いて。間一髪、僕の頭が首から切り離されることは避けられた。その代わり、頬が裂ける痛みが走った。
痛みを知覚したのとほぼ同時、それよりも数拍速かったかもしれない。生暖かな風が肌を撫でた。そんな感覚がして。視界に鮮血が舞うのが見えた。振り下ろされた凶刃が、僕の右肩から腹部に駆けてを鮮やかに切り裂いていた。
「っぁ……」
微かに開いた唇から、情けなく息が漏れ出した。何が起きたのか理解するよりも先に霹靂が全てを呑み込んだ。皮膚を断ち、肉を抉る。刃の軌道に沿って迸る、身を焦がす業火に等しい痛烈。
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