5
刃を構え、僕は地を蹴る。執行者に向け一直線に走る。見据えた眼は変わらずに冷めた視線で見下ろしている。表情ひとつ変えずに、寄ってくる羽虫を払う緩慢な動作で腕を振るった。
迫り来る風圧の暴力に向かって、僕は足を進める。凶刃に向かい突き進んでゆく。
攻撃の威力は先ほど痛感している。真正面で受け止めていたら身が持たない。で、あるならば。握りしめた手にした刃先を膜状に展開した大気で覆う。補強された刃は、わずかな間ではあるが、鋼にも勝る高度を持つ。その屈強な刃でもって、僕は攻撃を受け止めた。そして、傾けた刀身に沿わせるようにし、迫る風の流れを空へと受け流す。
一か八かだが、うまくいった。一撃、また一撃と続く猛攻をいなしつつ、執行者との距離を詰め、ついにその懐を射程にとらえた。今にも刃が届く距離。であるのに。見据えた先の表情は静海のごとく、ゆらぎをみせることはない。
深沈としたその余裕が、悪寒となって僕の背筋を伝った。このまま正面から飛び込んだとて無為に終わる。そんな予感。全て無駄、だと。執行者の声が脳裏によぎった。
だが、無為に終わるつもりはない。躊躇いを振り払う。
大気を足裏に凝縮させ、一気に解き放った。爆発的に生まれた加速度が、僕の体を一気に上空へと押し上げる。人の知覚を優に超える速さ。相手にはきっと、僕の姿が一瞬で消えたように映るだろう。執行者を眼下にとらえた僕は空中で体勢を整え。そのままのスピードで地上へと急降下、執行者の背後へと回り込む。
敵はまだ、僕の姿をとらえていない。無防備の背中、がら空きになったうなじ、そこにむけて刃を突き立てようとして――。
万華鏡の虹彩が、僕をみていた。
『無駄』
ぐるりとねじれた首が、背後をとったはずの僕の姿をとらえている。嘲笑にも似た動きで唇が歪む。ともすれば、その端が裂け、あり得ないほどに大きく開く。従来の耽美な造形をかなぐり捨てた異様な姿は、焼き付けた網膜の奥から氷の釘を突き刺し、僕を凍り付かせるには十分だった。
スローモーションの視界。尖った牙に縁取られた口腔の真ん中に、丸い銃口がのぞいていた。視界がぴかりと点滅する。瞬間、僕の体は灼熱によって焼かれていた。
「――っ」
燃えさかる業火は一瞬で僕を包み込んだ。
あつい。少し遅れて、その感覚がわいた。いたい。思考がすべて塗り尽くされる。
分厚い掌に抑えつけらているみたいだった。まとわりつく炎は、どう足掻いても逃げることができなくて。悶える僕の肉体を嗤いながら蝕んでいく。地面に転がる、痛みにのたうつ。見上げた視界で、執行者の目が光る。
『これで、わかったでしょう』
声とともに炎が消えた。このまま一気に僕の身体を灰にできたであろうに。それをしなかったのはきっと、慈悲なんて優しいものではない。焼けただれた皮膚を刺す痛み。呼吸をする度に臓腑を軋ませる苦しさ。すぐにでも解放されたいほどの苦痛が、裁きの意味を突きつける。
『抵抗は意味をなさない。理解できましたか?』
呆然と地に伏せることしかできない僕をただ見下ろしていた。うまく動かない身体をようやく動かして、僕はその瞳を睨んだ。
『わかりました。ではその意志を手折ってさしあげましょう』
執行者は人の形を保った腕をおもむろに上空へとかざした。呼応して、上空の大気がじわじわと温度を上げていく。急激な温度変化に景色がぐにゃりと歪む。ねっとりとまとわりつく熱気が、吸い込んだ肺を焼く。
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