5

 確かに、駄目ではないと言った。だが、いかんせん前のめりすぎやしないか。少々圧倒される。


「名前、ねえ……」


 それで満足するのなら、と。仕方ないので付き合ってやる。思考を巡らせてみるが、自分の名前と言われてもいまいちピンと来ない。


「神様のお名前……むずかしいですね」


 僕の隣で、少女も頭を抱えている。それを見ながら、ふと急に我に返る。どうしてこんなことに労力を費やしているのだろうか。手っ取り早く決めてしまおう。神の名前、それならば最初からある。この神樹の名をそのまま言ってやればいい。


「トネリコ」


「え?」


「トネリコ、さ。神の名前はそれだ」


「トリネコ?」


「違う、トネリコ」


「かわいいお名前ですね。トリとネコですか。ふふ。覚えやすくて良いです」


「いやだから……」


「それでは、今からそう呼ばせていただきますね、トリネコ様!」


 人の話を聞かない悪癖がここぞで発揮されてしまった。少女は嬉しそうに何度も間違った名を呼んでいる。

 まあ、良いだろう。楽しげな少女の笑顔を見てると、細かいことはどうでもよくなる。彼女がそう呼ぶのは僕のことだし、それもあと数日の間だけ。悪く思わないでくれ。真後ろの本物に心中で呼びかけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る