3. 少女との時間
1
折衷案としては申し分ないだろう。
追い出さずとも不要な関わりを持たなくて澄む。かつ、大事な仕事の時間だけはこの場所から離れてもらえる。ベストではないが、ベターなところで折り合いが付いたのではないか。ひとまずはそれで良しと。ある意味開き直りに近い一件落着を決め込んでいたの、だが――逆説を使う時点でお察しだろう。
「神様! 果物をとって参りましたので、こちらに捧げさせていただきますね」
嬉々として少女は抱えるほどの赤い実を神樹の根本に運んできた。盲目の細腕でよくぞと感心するほどの量。案の定ふらふらと、足取りは不安定だ。
はらはらと見守っていると、張り出た根っこに足を引っかけて、勢いよく転ぶ。真っ赤な果実を四方にとばして、べしゃり。地面にダイブ。ここの土は軟らかく、幸い大事に至ることはなかったが、すりむいた膝からは血が流れて痛々しい。よく見ると、今し方ついた傷以外にも彼女の身体の至る所に新しい生傷があった。
そう。この少女、相当危なっかしいのである。
目が見えないにもかかわらず、活動的、かつチャレンジ精神にあふれている。周囲の物の気配、空気の流れや音。それらを巧みに読み取って、神域の森を自在に歩き回っている。抱えてきた果実もそうやって集めてきたのだろう。
だが、やはり限界はある。細かなところは見落としてしまうようで、顔や手足には枝葉で切った傷が絶えず。裸足であちこち歩き回るものだから、足の裏など痛々しくてみていられない。
不干渉を決めた。決めたのだ。絶対に何があっても、僕から彼女に関わりを持つことはない。
ばさばさ!
神樹の枝で羽根を休めていた大きな鳥が突然羽ばたいた。
それがきっかけだったのか、あるいはすでにそうなっていたのか。枝の一部が折れ、真っ逆様に落ちてゆく。枝と言っても大樹のそれ。人の大腿部ほどの太さがある。重力による加速、スピードに乗り、ぶつかればひとたまりもないであろうそれが、まっすぐに少女めがけて降ってくる。果実に夢中の少女は迫る脅威に気付かない。
「ああもう!」
どうしてそうなる! 僕は半ば怒りつつ、吐き捨てるように叫んだ。身を乗り出して意識を集中させ、無防備な少女の頭上に幾重もの空気の層を作る。
裁定者はその世界の大気に少しだけ干渉し操ることができる。空を飛んで移動したり、とっさの時に目くらましの突風を起こしたり、割と用途は様々。大気のない世界はほぼ存在しないので、どこに行っても使える便利な能力ではある。
直後、重たい衝撃を伴って神樹の枝が落下してきた。空気はクッションとなって落下の衝撃を吸収、無害になった枝は小さくバウンドして、ごろりと少女の後ろに転がった。
「あら?」
枝が地面に転がる音で、ようやく少女は異変に気付く。
「もしかして、また助けてくださったのですね。ありがとうございます!」
僕の様子からすべてを察した少女は、嬉しそうに口元をほころばせる。
「ちょうど良かった。果実を持ってきたのです。落としてしまったのですけれど……どうぞお召し上がりください」
そのままこちらに語りかけてくる少女に対して、僕はなにも答えない。
「あ、そうでした。話しかけないようにするのでした」
少女ははっとして手のひらで口元を隠すような動作をすると、唇をぎゅむと噤みつつ、残りの果実を拾い上げた。それを大樹の根本に積み重ねるようにして並べる。
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