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 作物が育たない荒れた土地で、数少ない食料や資源を分け合って暮らさなければならない。そんな中で、盲目の少女がいったいなんの役に立つだろうか。家事や育児で生活を支えることも、労働力となって働くこともできない、ただのお荷物。それでいて、生きているだけで食料や住居は必要となる。余裕のない村にとってこれほど不要で厄介なものはない。

 だからこそ。少女は生け贄となった。誰もいない場所にただひとり、使命を胸に送り出される。身につけている衣服以外の物を少女は持っていないようだった。食料や飲料の一切を持たされることなくここに流されてきたのだろう。そんな状態で、誰の助けも得られないまま。非力な少女は何もできず、後は勝手に衰弱していく。村を救うという大儀は、少女に死の運命をたやすく受け入れさせる。なるほど、狡猾ではあるが合理的だ。手を汚すことなく不要な人間を間引くことができるのだから。

 怒りはない。嘆かわしいとも思わない。人が群れ、社会というものが生まれると、その循環の中でどうしても澱が溜まるように悪習が生まれてくる。どんな社会にどんな悪習が根付くのか、文化として単純に興味深いが、それだけだ。実際にその中で生きる人間がどうなろうと、こちらの知ったことではない。


「――お願いします、神様!」


 膝を突き、両の手を胸の前で組んで、祈るように。少女は僕へと訴える。

 大人たちの悪辣など気付くこともなく、純粋なる心のままに踊らされる少女。哀れではあるが、そう定められたのなら仕方のないこと。これはあくまでこの世界の物語。手を加える義理も権限も僕にはない。


「悪いけど、僕は本当に神様じゃない。僕には君の望みは叶えられないよ」


 僕は神様でもなければ、同じ物語の住人でもない。いっさいの嘘は言っていないのだが、顔を上げた少女の剣幕は激しいものだった。


「どうしてそんなことを仰るのです」


 思わずたじろぎそうになる。彼女はまさしく命懸けでこの場所にいるのだ。使命を全うしようとする頑なな意志は揺らがない。僕が何をどれだけ言っても、きっと耳を貸すことはないのだろう。


「……まあいい、僕を神様だと思うなら君の勝手だ。好きにすればいい。それでも、望みを叶えられないことにかわりはないけどね」


 少女の瞳が見開かれていく。ぽっかり空いた大きな暗闇に、失意が満ちていくのがみえた。


「村の人たちを、救ってはくれないのですか?」


「ああ」


「そんな……」


 狼狽えた少女の身体が、ぐらりと地面に崩れ落ちていく。


「そんなの……困ります。それでは私のお役目を果たせません。どうにか、どうにかしてください」


 そんなことはない。僕は首を振った。


「心配いらないよ。ここに来たその時点で、君の役目は果たされたようなものさ」


 故郷の人たちにとって、という言葉は伏せておく。彼女が気付かないのなら、その方が幸せかもしれないと思ったからだ。


「どういうことですか?」


 無垢な瞳が此方をのぞく。やはり彼女は大人たちの企みなど疑ってもいないのだろう。


「君はもう立派に役目を果たしたということさ。良かったね。さ、生け贄なんていらないからさ、もうどこかへ行ってくれないか。君がここにいても困るだけだ」


「え、ですが……、どうしたら……」


 少女の声は困惑に震えていた。生け贄のために生きていたのに、その時になって急に必要ないと言われれば混乱するのは仕方のないことだ。

 思考の整理もつかない中で、どこかに行けと言うのも酷であるのもわかってはいる。村を追い出された彼女に行くべき場所がないであろうことも承知の上だ。それでも、これ以上の関わりは互いにとって良いことではない。多少強引であっても、一刻も早く会話を終えてこの場から立ち去ってもらうことを優先する。


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