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 はて。彼女は今なんと言ったのだろうか。聴き間違いかと思って、耳の穴をほじってみる。少女は僕の胸に手を触れたままじっと動かず、少しも目線をそらさない。

 しばらくそうしていたが、僕がひとつも言葉を発さないので不安になったのだろう。少女は指先で唇に触れながら、おずおずと瞬きをした。


「あの、神様?」


 もう一度聴いて確信した。聴き間違いではない。彼女は僕を神様だと勘違いしているようだ。

 こちらを向く屈託のない瞳。彼女は迷いなく、疑いなく、目の前の僕を神だと信じている。もちろんそうではない。本物の神は僕の後ろにそびえる大樹である。のだが、彼女はそれに気付く様子はない。

 神であるどころか、本物からしたら僕は世界を脅かす存在。招かれざる余所者でしかない。そんな物と混同されるなど、たまったものではないはずだ。枕元でこんなやりとりをされていたら、飛び起きて激昂されても仕方がない。内心冷や冷やとして、僕はちらりと後ろを仰ぎ見る。大樹は相変わらず、しんと静まり返っていた。胸を撫でおろしつつ、その鷹揚さに呆れもする。

 のんきな神は良いとして、まずは目の前の問題をなんとかしなければならない。少女は不安と期待の入り交じる表情で、僕が何かを発するのを待っている。このまま黙ってやり過ごそうかとも思ったが、彼女は僕の存在を認識し、この場所に神がいると確信してしまっている。一時的にやり過ごせても、きっと彼女は諦めずにここにいるはずの神様を探そうとするだろう。そうしてずっと神域をうろうろされるのは困る。裁定の邪魔でもあるし、同じ場所に居ることで必要以上に関わりをもってしまうリスクは避けるべきだ。

 ここは謹んでお引き取り願うのが最善だろう。どうして彼女が神域に迷い込んだのかは分からないが、ここにいても何の意味もないことを知れば、元の住処へ帰って行くはずだ。僕は咳払いをして、この世界の言語でもって語る。


「……残念だけど。僕は神様ではないよ」


「やっぱり! ここにいらっしゃるのですね。神様!」


 聞こえてきた僕の声に、少女の表情から不安が消え、歓喜の色で塗り替えられる。喜びのあまり、その耳に肝心の内容が届かなかったのだろうか。もう一度繰り返す。


「神様ではない」


 今度はしっかりとその耳に届いたはずだ。だが、少女はきょとんとして、


「そんなはずはありません。神域にいらっしゃるのは、神様しかいないわ」


 などと言う。

 あまりにも迷いのない声に、なるほど。納得した。

 ここは神域、神が住むと言われている場所だ。人の立ち入らぬそこに何かが居たとするならば、それを神と思うのは自然なことだ。


「不思議な空気がするのです。村の人や動物達、そのどれとも違う。神聖で、背筋が伸びるような。それでいて、爽やかで心地が良い」


 目の見えない彼女は僕を姿形ではなく気配で認識しているのだろう。それゆえ、この世界の住人ではない僕から、普通ではない何かを感じ取ったのだ。

 見た目でだけで言えば、僕の姿はそこらにいる人間とほとんど変わりない。僕たち裁定者はその世界で一番栄えている生物に近い姿を形どるからだ。けれどそれは、あくまでカモフラージュ。根本的には、僕とこの世界の住人はまったく別の存在だ。

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