6
少女は唇を強く結んで、探るように手を伸ばした。立ったままの少女の手は座ったままの僕に触れることはない。かみ合わぬ光景はどこか滑稽だった。けれど、少女の表情は真剣そのもの。気付くはずのない僕の存在に気付いたくせに何故か、少女の瞳には目の前の僕がまるで映っていないようだ。
そうして、その通りなのだと気付いた。彼女は目が見えていない。
ただ黙って、目の前の少女を観察する。顔つきは愛らしく可憐である。だが、その身体はあまりに細い。ぶかぶかな服の隙間からくっきりと浮き出た鎖骨。触れただけで今にも折れそうな骨と皮だけの手足。華奢というより、やせ細っているといった方が的確だろう。肌の色のせいでわかりにくいが痩せこけた頬は血色も悪く、年頃の少女の瑞々しさとはかけ離れていた。
十分な食べ物を得られていないのだろう。そう思った。この世界においては珍しくはない。のだが、彼女の姿はあまりにもいきすぎていた。他の人間たちは同じように痩せてはいたものの、それでも生命力、というのだろうか。日々の生活を営んでいくだけの活力は感じられた。しかし目の前の少女はそれがほとんど感じられない。風に吹かれれば倒れてしまいそうなほど、弱り切った姿は痛々しく見えた。
彼女と他との違いは、きっとその扱いにもあったのだろうと察した。汚れた黒猫の毛並みにも似た、傷みきってぼさぼさの髪。散切りにされたそれは、ナイフか何かで乱暴に切られたようにも見えた。彼女自身で行ったことなのか、或いは。目の見えない、労働力にならない少女。食糧難の村で受ける扱いがどのようなものなのか……。
そこまで思い至って、僕は考えるのをやめた。この世界に生きる人間の慣習に口を出す権利もその気も僕にはない。それがこの世界で生まれた自然であるなら、そういう事象として観測するだけだ。
僕がじっと観察している間も、そこ居るはずなのにいない僕を探して、少女は困ったように両手を宙に泳がせていた。僕がこのままここを離れたら、彼女はずっとここで困惑し続けるのだろうか。それもなんだか落ち着かないので、僕はよいしょと立ち上がる。
少女の手がやっと僕の胸板に触れた。突如指先に触れた感触に少女は小さく身を弾ませて。それから息を呑んだ。
「ああ、なんてことかしら……」
おもむろに開いた少女の口元をただ黙って見つめる。言葉を発したげな唇が暫くの間ぱくぱくと動いて、それから、鈴の音のような声がこぼれ落ちた。
「お会いできて光栄です、神様」
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