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神は外界とは隔絶された神域と呼ばれる世界の中心に居る。
神域はいわば世界の心臓部。神の力に満ちた、すべての命の根元ともいえる場所。神はこの場所から自らのエネルギーを世界中へ送り、生命を育む豊かな土壌を作り出している。
神にもっとも近い神域はもっとも神による恵みを受ける場所になる。それはこの世界でも同じ。わき上がる泉、透き通った水辺に集まる動物達。恒星の灼熱は生き生きと伸びた木々達によって遮られ、さわやかな風が吹き抜ける。先ほど目にした砂礫の大地が嘘のよう、豊かな自然にあふれた生命の宝庫だ。
光の遮られた森は薄暗くはあるが、不思議と心地よい。湿気をはらんだ重苦しさは全くなく、晴れやかなひだまりに似た清々しさで満ちている。青々と茂った緑の隙間から鳥がさえずり、花咲く野を小動物が自由に駆ける。生命のすべてが伸び伸びと、その輝きを謳歌して美しい。ここはこの世界に残された最後の楽園だった。
息を吸う。澄んだ空気が肺に満ちる。どこからか漂う甘い花の芳香を感じた。神域は結界によって外とは分け隔てられている。人間が立ち寄る場所ではないので、道という道は存在しない。生い茂る草木をかき分けて、中心に向けて歩みを進める。
ぐんぐん育った植物たちは、こちらの都合など知らんといった顔で堂々行く手を阻んでくる。一つ草をかき分けたと思えば。待っていましたと言わんばかりに次の草木が顔面に飛び込んでくる。嫌がらせかと思うほど顔面をびしばしと叩いてくる。ああくそう、面倒くさいぞ。
宙を飛んで、上空から目的地へ向かうこともできたが。たいていの神は自らの神域に進入されることを良しとしない。加えて。招いてもいないのに図々しくも上からやってくる客人など、心証が悪すぎるだろう。僕が神だったとしても、そんな客には開口一番にお帰りいただく。だから、自らの脚で地道に。なるべく失礼のないように。神域に入る際は、神の機嫌を損ねないことが仕事を円滑に進めるためのコツなのである。
花の香りが強くなる。神の気配を強く感じるとともに、視界が開けた。まぶしいほどの光が満ち満ちて、細めた視界に見上げるばかりの樹木が映る。大人が数人、両の手を広げてもまだ足りないほど太い幹が、天にも届こうかという高さまで伸びている。鳳が翼を開くかのように、幾重にも広がった枝には生い茂った若葉。空からそそぐ陽光に照らされてきらめく姿の神々しさに、ため息がでる。これだけの大樹だ。支える根もまた尋常ではない。根と言うよりは壁のようで、幹に近いあたりは大柄の熊さえ凌駕する立派さだ。無数のそれらが大地にしっかりと根を張るさまは、まるで龍が天を泳ぐ姿を思わせる。
上空を見上げる。空を隠すように生い茂っていた木々達は大樹を避けるようにして、この一体だけ存在していない。そこだけ切り取ったように、丸い青空が広がっていた。そそぐ光は世界を焼く灼熱と同じもの。しかし、神樹の力によるものか。この場所ではその凶暴さは和らぎ、暖かな光は大樹を鮮やかに照らすスポットライトとなっていた。
大地には周りには色とりどりの花が咲き乱れている。甘い芳香はここから漂っていたようだ。赤、白、黄、青、桃、紫。様々なかたちをした可憐な花々。世界中の色彩がこの場所に集められているかのようだ。美しい景色につられて、自然と表情が綻ぶ。
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