2. 生贄の少女

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 三日かけて、世界を一通り視て回った。

 ほとんど砂礫ばかりが広がっている世界だが、生命が息づく場所はまだ残っていた。水があり、緑があり、空から降り注ぐ灼熱もいくつか和らいだオアシスのような場所だった。虫や魚に、動物たち。どこの世界でも見る、ありふれた生態系が小規模ながら生き延びていた。良質な物語には欠かせない文明の担い手、人間の姿もあった。

 人間は小さな集落を作り、支え合いながら細々と暮らしていた。世界の様子から想像はできたが、やはり文明のレベルは低い。石や木で造られた建築物のなかで、狩猟や農耕を主とした旧時代的な生活を営んでいる。

 痩せた大地の影響か、作物の実りは良くないようで。地を耕し、川から水を引き、なんとか食料を確保しようと働いているが、十分な量は得られないのだろう。大きな実りは得られず、飢えに支配された人々の顔色は悪く、活気があるとはとてもいえない。

 美点はある。飢えや乾きにも負けずに必死に生きようとする姿は尊いものだ。だが、それだけでは足りない。創造主が満足することはないだろう。物語に必要なのは、緩急。起承転結や序破急といった言葉で表される、感情を揺さぶる展開なのだ。命がそこにあって、生きようとしている。悲しいかなそれはただの情景であって、物語ではない。

 このような集落は各地に存在していたが、どこも状況は同じようなもの。村人同士が協力し合っているのはまだ良い方で。一部の権力者が集落を牛耳り、悪政を敷き他を虐げ食料を独り占めしている場所。そういった状況に絶えかねた人々が反発を起こし、処刑された支配者の首が見せしめに置かれる、そんな陰惨な場所もあった。

 どれも心躍るどころか、見ているだけで鬱屈した気分になってくる。とてもじゃないが、創造主の目に触れさせることはできない。残念ながら、世界に息づく命たちの営みをみても、評価を覆すようなものは見つからなかった。


 日が変わり、残る期限は四日。少し早いが神の元に向かうとする。

 世界には『神』と呼ばれる存在がいる。神話に名を連ねるような信仰のより所としての神とは少し違う。

 神もまた、創造主によって作られたシステムの一部。物語を生むための世界。それを形作るための核となるもの。それを我々は神と呼んでいる。

 上位存在である創造主は、彼らの住む大きな世界の中に、自分たちが鑑賞するための小さな世界を作り出した。箱庭のような小さな宇宙に物語の種子を撒いた。

 蒲公英の綿毛をイメージしてもらうとわかりやすいだろうか。種子を風に乗せてとばし、それが根付き、成長し、花開くことで世界が生まれる。

 創造主が撒いた種は、芽吹きととも自らを中心に世界を創り出し、やがてその中で開花する。開花に伴って、その世界には自らを育み、正しく運営するための『意志』が生まれる。それを我々は神と呼んでいるのだ。

 神は高度な思考力と自我を持ち、それでもって自らの世界を営んでゆく。

 神は自らの世界をより良く、優れたものとすることに心血を注ぐ。それこそが己の存在意義であることを疑わない。彼らのなかに組み込まれた世界を存続させるという使命に従って、彼らは迷うことなく世界を運営する。

 それは同時に彼らの存在を保つため必要不可欠でもある。世界の崩壊はすなわち、神自身の死を意味する。世界の発展が止まり、すべての命が途絶えたとき。世界と共に神は死ぬ。神は生きるため。なによりも、愛すべき自らの世界の民を生かすために。世界を必死に発展させ続けようとする。

 だが彼らは、自分たちがさらなる上位存在の娯楽のために生み出された事実を知らない。自らの存在が、全霊をかけて守り育む世界の営みが、創造主たちに愉快な物語をもたらす為のシステムでしかないことを、彼らは知らないのだ。

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