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 そうして彼らは考えたのだ。効率的に傑作だけを手に入れられるシステムを。

 

 だから、僕はこの世界に降り立った。この世界が彼らを満足させる物語であるかを見定めるために。

 かさかさに干からびた黄土色の大地。もうずっと雨など降っていないのだろう。彼方まで目を凝らしても、生命の気配は感じられない。時折吹く生ぬるい風に運ばれた砂が、不快感とともに髪に絡んだ。


『裁定者』


 それが僕の役割だ。

 世界が生み出す物語が創造主たちを満足させられるものであるか、実際にその世界に訪れ、見極め、評価する。優れた物語しか味わいたくない彼らに代わって、この世界が読了に足る物語であるか審査する。 

 世界が彼らのお眼鏡に適う良作だと判断されれば、管理・保護され、存続が許される。一方で、退屈で読むに値しない駄作と判断された世界は抹消される。完結を迎えることは許されず、びりびりに破いて、なかったことにされるのだ。

 

 存続を許される世界の多くは、自然や生命にあふれた豊かな土壌をもち、多種多様な文明が生まれている。変化の絶えない世界は、その中でさまざまなドラマを生み出す。

 大概は最終的に、育ちきった文明同士がぶつかり合い戦争へと発展。絡み合う思惑や運命に翻弄されながら、人々は果てのない争いの先に答えを得る……そんな展開になっていくのだが。そういった先の読めない壮大なドラマは彼らにとっても人気が高い。

 なんにせよ、彼らが望む物語が生まれるためには、世界自体の地盤がしっかりしていないとどうにもならない。衰退した世界でゆっくりと死に絶えていく生命の物語など、だれが喜ぶというのだろう。この世界はまさしく、そんな場所だった。

 彼方から照りつける灼熱の恒星が、命の源流である水を奪っていく。乾いた大地に生命の兆しはなく、草木一つも生えてはいない。命の育まれる土壌が根底から崩壊しかけた、そんな景色がどこまでも続いている。

 今まで多くの世界を観てきたが、ここまで酷いのは相当だ。変化のない風景に、歩いているだけで退屈になってくる。

 裁定者なんて役割を背負っているけれど、僕の身体の作りや機能はよくある人間とそう変わらない。気温や湿度といった環境による影響を大いに受ける。つまり、暑い。汗は流れるし、水だって飲みたくなる。通常の生命のように干からびて死ぬことはないが。不快は不快だ。

 世界を見定めるために与えられる期間は七日間。六日かけて世界を巡り、七日目に判決を下す。のだが、その時間を待たずして判決は決まったようなものだった。土壌の枯れた世界に優れた物語など生まれはしない。とはいえ、七日の決まりは絶対だ。創造主の作ったシステムは、変なところで融通が利かない。期間を前倒しして判決をし、さっさとこの世界とおさらばするなんてことはできないのである。

 ため息がでる。とはいえ、まだ世界のすべてを視たわけではない。ここからは見えないだけで、生命が暮らす場所もちゃんとあるはずだ。一応は仕事だ。この世界を否定するにも、すべてを視たうえでなければ公正ではない。判断を覆すような面白いものと出会える可能性だってあるのだ。期待はできないだろうが。


「とりあえず、涼しい場所にいきたいな」


 そう一人ごちて、僕は身体をふわりと浮かせた。

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