トリネコの花
ゆま
1. 降り立った裁定者
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この世界はすべて物語だ。
一滴の水がやがて大河をなし、海となる。絶えることのない大地の脈動が、新たな陸地を生み出す。それもまた、壮大なるストーリー。そうして造られた舞台にやがて命が生まれ、新たなを感動をつむいでいく。
一つの命が生まれ、死ぬ。それまでの過程。無数に集まり、関わり合い、群をなし、やがては社会を形成していく。多くの命と関わり、ときに助け合い、ときに糧とし。何かを得ては、何かを失い。生と死を幾重に重ねて、衰退と進化を繰り返して、連綿と続く命の営み。織りなされていく数多の世界。そこで繰り広げられるドラマは『彼ら』にとって極上の物語なのだ。
僕は、そんな『彼ら』の為に、この世界(ものがたり)を見定めに来た。
「うん。駄目だな、この世界は」
一面に広がるは砂礫の景色。命の気配のない大地を見下ろして、ぽつり。呟いた。
急下降して、地に降り立つ。枯れた大地を踏みつける。草木一本ありはしない。埃っぽい、乾いた空気が辺りに漂っていた。
彼ら――『創造主』たちは物語を愛している。
ある命が紡いだ、誕生から死までの時間。そこに他の命が複雑に絡み合って、一つの物語が生まれる。涙なしには語れない、感動の物語。一瞬先の展開も予測できない、手に汗握る興奮の物語。ひとつとして同じものはない、植物、虫、動物……命の数だけ、ざまざまな物語がある。唯一無二の命が生み出す、壮大なドラマ。彼らはそんな物語を読み物として楽しんでいる。
物語を通して得られる没入感。自分ではない他者になりきって、そのストーリーを追体験できる。感動も興奮も、悲しみも喜びも。まるで自分のもののように味わえる。極上のエンターテイメント。
そう。創造主にとって、命とは物語であり。世界とは数え切れないほどの物語が並べられた膨大な本棚のようなものなのだ。
より多くの多くの物語を楽しみたい。今触れたものよりも、さらに心躍る傑作に出会いたい。そう考えた彼らは、自らの手で物語――すなわち世界を生み出しはじめた。
退屈を吹き飛ばし、心を躍らせる最上級の娯楽。それを無限に味わうために。創り出した世界を見下ろして、そこにある命が織りなす物語を鑑賞する。手当たり次第に手に取って、勝手気ままに読みふける。そうして好みの傑作を見つけては、喜びに心を奮わせ、丁寧に大切に保管する。
物語を愛する、熱心な読書家。それだけならまだ良かった。彼らは我が儘であった。彼らは駄作を認めなかった。一冊の本を読み終わって、ページを閉じた時。満ち足りた、すがすがしい気分であることを望んだ。興奮が冷め、途中で読み進める手が止まり、そのままパタリと閉じてしまう。そんなつまらない物語を不要とした。
物語を読むのにかけた時間・労力と天秤に掛けて、それでも良かったと思えるものだけを優れた傑作として。彼らは自らが愛した、楽しいと思える物語だけを本棚に置きたがったのだ。
世界にはたくさん物語があり、それは今も増え続けている。今この瞬間にも生まれるかもしれない傑作すべてを楽しみたい彼らにとって、駄作を読んでいる時間は無駄でしかない。
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