第7話:メイド募集

家政婦募集

住み込みで勤務できる方。

制服支給。

衣食住完備。

未経験、学生可。

要自動車免許。


こんなもんか。

人材募集サイトに登録してしばらくは応募待ちだ。

応募する物好きがいるかはわからないが、

とりあえず家政婦を募集することにした。

一人暮らし歴10年以上だし、当然家事は一通りできる。

だが、この身体になって不便なことが多い。


自動車の運転ができない。無論、免許はある。

不思議なことに、この顔の写真でちゃんとした免許がある。

しかし、運転していれば直ぐに警察に止められる。

そうでなくても通報される。お子様がイタズラで運転してるようにしか見えない。

当然、免許はあるのだから通報されても罰せられることはない。

しかし、毎回免許を見せて自分の正当性を説明するのが面倒になってきた。

なんせこの2日間で5回だ。もしかすると、近所の警察はそのうち見て見ぬふりをしてくれるかもしれんが、

それを見て真似るお子様が出てきても困る。それに遠出したときはダメだろう。

遠くの警察で通報とかあって、そこに出頭しなければいけないとすると、考えるのも嫌になる。

私は平穏に暮らしたいのだ。


ほんの僅かな希望で、目が覚めたら元の身体では?と思った自分が過去にはいました。

しかし、2日経っても元に戻る気配はない。完全に真白小姫として生きていくしかない。

この点についてはすでに納得した。元に戻ろうとも思わなくなった。

すでにありとあらゆる書類やネットの登録情報は改ざんされている。

ドライヤーはネット通販で購入して、すでに手元に届いている。

シャンプーとボディーソープは何がいいのかわからないので放置してる。

世間的には完全に真白小姫なのだ。ならばそれを受け入れるだけのこと。


仕事も問題ない。今までどおりにこなしている。会社から支給されたPCはすこぶる快調だ。

小さくなったこの手に馴染むサイズだから、今までどおりの感覚で使える。

仕事でのストレスは皆無と言っていいだろう。

日に何回か安藤からメッセージが届くが、初めてのプロジェクトリーダーで不安も多いのだろう。

俺も昔はそうだった。なれるまでは暫く掛かる。そういうものだ。

だから俺も可能な限りサポートはしてやる。自分がしてもらったことは他人にもしてあげる。

それだけのことだ。安藤なら多分大丈夫だろう。それなりに能力を評価している。


だから、当面のストレスの原因はこの身体だ。とはいっても、身体自体に不満があるわけではない。

むしろ、世間一般の基準で考えれば、最低でもクラスで一番、場合によっては学年で一番くらいの見た目だと思う。

しかし、今の身体は女の子であり、自分自身の感覚はまだオッサンのままだ。

そこに色々と齟齬が発生する。ごくありふれた日常の一瞬でもだ。


これにはかなりの時間がかかるだろう。新しいものに慣れ、使いこなすには時間がかかるものだ。

それがたとえ自分の身体であっても。それが朝から憂鬱な気分にさせる。

心の不安は体の不調にも繋がる場合がある。病は気からというアレだ。

幸いまだ肉体的には健康だと思う。不調は感じられない。大丈夫だ。

そして心の平穏を取り戻すためにコーヒーを淹れる。

もちろん砂糖とミルクの用意も万端だ。

豆から入れる全自動のコーヒーメーカーだからボタンを押すだけ。

しばらく待てば美味しいコーヒーが出来上がる。

素晴らしき自動化。やはり効率的に自動化されているものは美しい。

当然、人の手で一つひとつの作業を行うというのも重要な仕事だと思っているし、

そういった手順で淹れられたコーヒーもまた素晴らしい。

しかし、仕事柄どうしても自動化というものにこだわってしまう。ある意味病気だ。そして一生治らない。


突然スマホにメールの着信音が鳴り響く。

何だ?面接希望?まだ募集広告出して3分も経ってないぞ?

コーヒーだってまだ出来ていない。

いくらなんでも早すぎる。

まあ、相手も職種別でアラートを受け取ったのかもしれない。

そう考えるのが自然だろう。

自分の希望職種の募集が出るとメールが届く機能だ。

まあ、こういうサービスをするならあって然るべき機能だ。自分で作る場合でも付ける。

とりあえず返事を出しておくか。いつ面接に来れるかと駅前の喫茶店の地図をメールする。

当たり前だけど、いきなり自宅の住所は教えない。

どんな相手が来るかわからないからな。

一応、募集者のプロフィールには19歳女性とあるがそれを信用するほど馬鹿じゃない。

吉野川佳乃という名前も偽名だろう。

こんなものはいくらでも嘘が書ける。ちなみに、こちらの素性は明記していない。

一応大手の人材派遣会社のサイトだが、冷やかし目的のユーザーだって少なくない。

色々なシステムに携わっていたから知っている。どんなサービスでも悪用する輩はいる。

だいたい家政婦で、しかも住み込みだ、10代の女性が応募して来るはずがない。

こちらで想定していたのは、子育てが終わった世代のオバちゃんだ。

プロフィールに顔写真も付いている。アイドルやモデルの画像でも貼ったようなカワイイ娘だ。

しかも、証明写真ではなく日常の写真の切り抜きだ。

あからさまに胡散臭い。おそらく本人の写真じゃないだろう。

テレビで見かけたことがないから、女性向けファッション雑誌の読モとかかも知れない。

画像検索でもしてみるかと思ったところで、

コーヒーが出来上がったブザーの音がする。

スティックシュガーを半分入れ、クリームを入れてかき混ぜる。

まだ苦い。結局スティックシュガーは一本全部入れた。これでどうにか飲める。

数日前まではブラックしか飲まなかったのに、味覚の変化に慣れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る