ACT1 ミッション・イン・掃除サボり

 某月某日の地方新聞に、こんな見出しの記事がのった。

『お手柄少年現る! 映画強盗を撃退!』

 新聞の内容は、こうだ。

『商店街近くの映画館で、先日強盗が現れた。強盗は刃物を持っており、映画の観客達に金品を要求。しかし、市内の中学二年生・間宮一樹君(十四)が機転を利かせ、強盗を撃退した。そのあと強盗は無事に警察に引き渡された。なんでも、間宮君は江戸時代の探検家・間宮林蔵の子孫だそうである』



 登校するとまっさきにこのことをいわれて、〝お手柄少年〟のぼくは、朝からにやけまくった。

ぼくは頭の中で、今日ほめてくれた人の数を数えた。

今のところ、四人だな。

頭の中のメモ帳を開き、正の字を書く。

 ニヒャニヒャしてくる口元。

普段ちやほやされることはあまりないから、しかたないことだ!

「おはよう、一樹君!」

 ぼくがニヒャニヒャしてる中、話かけてきたのはクラスメートの光輝だ。

 光輝は大人びたやつだから、日頃から新聞で読んだ世界情勢の話をよくしている(だれも興味ないけどね……)。当然、今朝も例の地方新聞を読んだんだろう。

 ぼくはニヒャニヒャした笑顔をひきしめ、ニヒルな表情を作る。

「光輝、どうしたんだ?」

「いやあ、新聞見たよ! 映画館の件、すごいね!」

 ぼくは、頭の中の正の字に線を一本付け加える。

 これで五人ってことは――正の字が完成した!

 頭の中で、パレードがくり広げられる。紙吹雪が舞い散り、オープンカーに乗った正の字が、「ありがとう、ありがとう!」と観衆にいう。

 さらに、光輝が追い打ちの一言。

「さすがは、間宮林蔵の子孫だね!」

 正の字のとなりに、サングラスをした間宮林蔵がくわわる。そして、正の字とニコニコ握手した。わきたつ観衆。

 ぼくは、ニヤニヤする。

「ふふふふ……」

 光輝がそんなぼくの顔の前で、手をふる。「一樹君、だいじょうぶかい? ずいぶん目がいっちゃってるけど……」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 ぼくはほほえんで、ごまかす。

「ところで、一樹君は小さい頃から訓練を受けてきたって、いってたよな。どんなことしてるんだい?」

「あーっと……」

 間宮一家では、幼い頃から冒険術を学ぶというのが習慣だ。

 だから、ぼくは父さんやおじいちゃん、おばあちゃんに色んなことを教わった。

 基本的な冒険術――たとえば、コンパスなしで方位を知る方法とか、うさぎのさばき方とか――だけじゃなく、爆撃から身を守る方法や、銃の仕組みといったことまで、教えてもらってきた。

 知識だけじゃなくて、体力もたくさんつけさされた。そのために、たくさんのトレーニングをやってきた。

 短刀が父さんの場合だと、まずは家の周りを二キロ走る。それから、裏山のがけの上り下りを十回くらいやらされる。

おじいちゃんの場合だと、船にいきなりのせられて数分進み、それから沖に放り出される。で、そこから岸に戻ってくる、というトレーニングだ。

逆に担当がおばあちゃんの時は、海じゃなくて山でトレーニングをやらされた。裏山のけもの道をすいすい進むおばあちゃんの後ろを、走ってついていくというやつだ。

 でも、今書いたのはまだまだ序の口で、今までどれだけひどい目にあってきたかわからない。

「まあ、色々かな。死にかけたことは、何回かあるけど……」

 引きつった笑顔でいうと、光輝が目を少し見開いた。「へー、そうなのか。苦労してるんだね」

「……なんか、他人事じゃないか?」

「いやいやー、そんなことないよぉ」

 ヒラヒラと光輝が手をふる。

 怪しい……。

 そう思った時、別の人に声をかけられた。

「間宮君」

 顔をあげると、今野しおりが立っていた。

 今野さんはクラスのマドンナで、いつもポーカーフェイスを崩さないクールビューティーだ。

 頭脳明晰で知識も豊富な彼女は、男子だけじゃなくて同性からの支持も厚い(ちなみに、部活は科学部らしい)。

 だから、別に今野さんのことを好きじゃないやつでも、話しかけられたら緊張する。

そんな今野さんが、ぼくに話しかけてきた!

ぼくは、思わず姿勢を正す。

「間宮君、今朝の朝刊読んだよ。すごいね」

「ありがとう」

 そういって、ほほえむんだけど……ぼくの笑顔は、ひきつっていないだろうか?

 今野さんが黒髪をかきあげた。

「あの日、わたしも別の映画をみにあそこにいってたの。だから、びっくりしちゃったわ」

 今野さんのセーラー服のリボンが、風になびいている。

 ぼくは、緊張してあいまいにほほえむしかない。

 そのかわりに、光輝がしゃべってくれた。

「へえ、そうなんだ。間一髪だったね」

「うん」

 今野さんがうなずく。

「それじゃ、応援してるね。ばいばい」

 ぼくに手をふると、自分の席に戻っていった。

「だはーっ」

 緊張が解けたぼくは、姿勢を一気に崩す。

 あ~、緊張した……。



 時は飛んで、三時間目――。

 ぼくが通う中学では、月一回大掃除の時間が設けられている。

 先生達は「学校をきれいにすること」と、「生徒達の心を育てること」の二つを目標にしてる。

 しかし、そんな取り組みに乗り気な中学生はいない!

 もちろん、みんなサボる!

だが、先生にばれては一大事!

 というわけで、ぼくらは掃除サボりの技術だけ、向上させていくのだった――。



 二限目の数学の後は、三限目の大掃除だ。

 いつも通り、みんなそれぞれの机を後ろ側にさげる。

 そして、バラバラと各自の掃除場所へむかっていく。

 掃除場所は生活班によってふりわけられる。

 ぼくら5班は、グラウンド近くの体育倉庫を担当することになった。

 ぼくらは連れ立って、体育倉庫へむかう。

 もちろん、素直に掃除をするつもりは一ミリもない。当然、サボる!

 班の頭脳である田中さんが、あごに手を当てて計算する。「全部で五十分の掃除時間。この班のメンツを考慮すると、掃除は10分ですべて終わるはず。だから、四十分サボることが出来る」

 おおー! 田中さんの分析力が生かされている!

「よし、さっさと掃除するぞ!」

「サボるぞー!」

「先生が来ませんように!」

 みんな口々にいいながら、掃除にとりかかる。

そしてきっかり十分後、ぼくらは掃除を終えた。

 ここで、みんな田中さんの分析力の高さを再び痛感する。

 先生がいないことを確認してから、クラスメートの三郎が口を開いた。

「俺は、ほうきホッケーがいいと思うんだけど……」

 おー、ホッケー。確かにありだな。

「いや、ここはサッカーやろ!」

 そこで待ったをかけたのは、サッカーマニアの松田さんだ。

「いいや、ホッケーだ!」

 食い下がる三郎に、松田さんがいった。「あんた、サッカー部やろ?」

 松田さんの一言に、ホッケー気分だったみんなの心が、ワールドカップにむかって羽ばたいていく。

 にらみあう二人の間に、光輝が口を挟む。

「ここは、大人しくほうきにまたがってハリー・ポッターごっこにしないかい?」

 ……ハリー・ポッターごっこ? なんだ、それ?

 というわけで、我々はホッケー派とサッカー派とハリー・ポッター派にわかれた(ちなみにぼくはサッカー派だ)。

 しばらく対立していたが、しめしがつかないので各派閥の代表者でじゃんけん。

「「「さーいしょはグー、じゃんけんぽん!」」」

 三郎、光輝がチョキ。松田さんがグー。

 ……真っ白に燃え尽きた三郎と光輝。

 松田さんだけが、拳を高々と突き上げる。

「これがメッシの力やぁ!」

 ……たぶん、違うと思うけど……。



 かくして、ぼく達の試合が始まった。

 ボールは、体育倉庫に転がっていたしぼみかけのものを使う(ふつうのボールを使っちゃうと、体育倉庫がめちゃくちゃになるからね)。

 サッカー部の三郎が、キックオフ!

 ボールが放たれた直後に、ぼくはダッシュでそれを取りにいく。

 素早くボールをキープし、ゴール――野球部が使ってるネット――のほうへ、走っていく。

「一樹、そうはさせんぞ!」

 光輝がブロックしてくるので、ぼくはフェイントをかける。そして軽く光輝をかわすと、そのまま渾身の右足バナナシュート!

 バシューッ!

 見事にゴールに吸い込まれていくボール(フッ、完璧だ)。

 同じ生活班のメンバーから、まばらに拍手があがる。

「すっごーい! やるじゃん!」

「ナイスプレイやな、間宮! 見直したわ!」

「やるじゃないか、一樹。おまえもサッカー部来るか?」

 ……いや、それは丁重にお断りさせていただきます。

「というわけで、第二試合を始めよう!」

 と、ぼくが張り切っていった時、ギシギシとなにかのきしむ音がした。体育館倉庫前には、歩くときしむ古い木造の段差がある。この音は、そこを通った時の音だ。

 つまり――先生が来たってことだ!

 そう気づいた瞬間、みんなは光の速さで動いた。

 みんな床においていたほうきを手に取り、にこやかに掃除を始める。

 あのー……ボールを持ってるぼくは、どうすればいいんでしょうか?

 今更ボールを戻しに行くのも、その辺に投げるのも、先生に見つかる可能性が高い。仕方ないので、ぼくは体育倉庫の換気扇を足場に、ボールを抱えたまま天井に張り付く。

 入って来たのは担任の林先生だった。林先生の担当教科は数学で、スマートな外見から生徒に人気がある。

「ちゃんと掃除してるかい?」

「はい! もちろんです!」

 そうきかれた一晴が、百万ボルトの笑顔を浮かべる。

 そのすきに、松田さんが先生の背後に回り込む。

「やー、先生、大掃除って大変やなぁ」

「うん、そうだよな」

「やけど、やっぱりいつも使っとる校舎がきれいになるのは、嬉しいこっちゃ。ウチが大事に思っとることがあるねんけど――」

 そういって、松田さんが話をしながら、さりげなく林先生とともに体育倉庫を出た。これがテレビ番組なら、〝匠の話術〟というテロップが出てるところだ。

 というわけで脅威の先生は去った。

みんな、安堵の溜息をつく。

 ぼくは天井から降りようと、体の力を抜く。

 すると、不意に蛍光灯からクモが垂れ下がって来た。

「わわわー!」

 がっしゃーん!

 ぼくは見事に着地失敗し、近くにあった用具棚に頭からつっこんだ。

「何事だ!」

「だいじょうぶ?」

「どこか怪我してないか?」

 と、みんな心配して駆け寄ってくる。

 ぼくは、みんなの優しさに感動する。……うう、なんて温かい仲間達なんだ!

 体についたほこりを手で払いながら、ぼくは顔をあげた。「うん、だいじょうぶ。なんともないよ」

 いつも通りのぼくを見て、みんなが口々にいった。

「まあ、大したことか」

「だって、間宮林蔵の子孫だもんな」

「そんな簡単に死なないわよね。ていうか、天井に張り付いてるほうが悪いわ」

 ……前言撤回。なんて冷たい仲間達だ!

 みんなの冷たさを痛感しながらも、立ち上がる。

 それにしても、倒れた用具棚をなんとかしなきゃだな……。

 ぼくは用具棚を元に戻し、中に入っていた道具をしまっていく。

 体育祭用のピストルをしまったところで、ある物が目に留まった。

「あれ?」

 それは、三十センチくらいの細長い箱だった。どうやら古い物らしく、表面の黄ばみが目立っている。あきらかに体育とは関係のなさそうな感じだ(どちらかというと社会に関係がありそうだな……)。

「これ、何か判るか?」

 生活班のみんなに、箱を見せる。

 しかし、みんな揃って首を横にふった。

「そもそも、体育とは関係なさそうだよね。倉庫があったから、そこにしまったっていう感じなのかな?」

 光輝が呟く。確かに、こいつのいうことは一理ありそうだ。

 みんな、好奇心旺盛な目で箱を見つめる。

 早く中が見たいってか……。

「じゃあ、昼休み開けてみるよ」

 こうして、謎の箱を手に入れ、三時限目は終了した――。

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