バック・トゥ・ザ・大冒険!

博多たかは

ACT0 プロローグ 「映画を観ている時は、前の座席を蹴らないようにしましょう」

 ――さーて、まずいことになってるな……。

 深呼吸して、こんなことになった経緯を整理。

 今日は土曜日で、今いるのは映画館。

で、ぼくは最近ロードショーされたSF映画を観にきた。友達に声をかけたが、誰も興味を示さなかったため、泣く泣く一人でやってきた……よし、ここまでOK。

 次に、この状況について。

 さっき、クライマックスのシーンが流れ始めた頃に、後ろの人に席をけられた。

 びっくりしたぼくがふりかえると、後ろの人がこちらを見ていた。しかも、包丁を構えて――。

 にぶく光る包丁に、みんな信じられないという顔をしている。

 包丁を構えた男がいう。

「警察を呼んだら、皆殺しにするからな!」

 ぼくらはガクガクと頷いた。

どうやら後ろの人は強盗だったらしい(映画館強盗とか、きいたことないけどな……)。

ようやく状況がつかめたらしく、まわりの人がキャーキャー悲鳴をあげる。うん、気持ちはすごくわかる。ぼくだって、悲鳴をあげたい!

でもそうもいかないので、ぼくは財布からなけなしの二千円を出して、強盗に渡した。

 ううっ……なけなしの二千円が……(でも、強盗に包丁で刺されるよりましだ)。

 ぼくからお金を奪い取ったあと、強盗は別の人にも包丁をむけ、同じようにお金を請求し始めた。

 つまり――絵に描いたような緊急事態だ!

ぼくは、必死で頭をフル回転させて、考える。

強盗が持ってる武器は、確認できるだけでは包丁だけだ。でも、ジャケットの内ポケットなんかに、何かを入れてる可能性もなくはない。

 というわけで、作戦その①「強盗の包丁奪ってやろう作戦」は、没!

 映画のスクリーンでは、主人公と敵が派手に戦っている。そのスクリーンの前では、強盗がお金を巻き上げている……。

 さっさと、考えねば!

 次に、ぼくは強盗の身なりをチェック。

スクリーンのあかりしかない状況だが、ぼくは夜目がきくので、ふつうに強盗の身なりが見える。

強盗の年齢は三十代後半くらいで、体型はやせ型。黒の長いジャケットを身に着けている。

 強盗が次のお客さんからお金を奪おうと、階段をのぼる。

 ぼくは、その歩く時の重心移動の様子をしっかり見る。

 ――重心移動の様子は、ふつう。格闘技の経験はないと推測。

 要するに、強盗と戦うことになっても、勝ち目は十分にあるってことだ。

つまり警戒すべきはやつの持っている武器。あの武器さえどうにかしてしまえば、なんとかなるか?

 頭を使って、作戦②「強盗の包丁をどうにかしよう作戦」を立てる。

 おお、この作戦はいけそうだ!

 でも、強盗の武器を奪うとしても、どうしたらいいんだ?

 そう思って、再び辺りを見回す。

 映画館の中は暗く、足元はあまりよく見えない。しかし、スクリーンの色が明るくなると、それに照らされおのずとまわりも見えやすくなる。

 手元が暗くなったり、明るくなったり……せわしない。

――この地の利を生かせれば、いいんだけどな……。

ぼくは、自分のかばんをモシャモシャあさる。

 かばんの中には、折り畳み傘や空っぽの財布、映画のチケットくらいしか入っていない。

 次に、ズボンと上着のポケットに手をつっこんで、めぼしいものを探す。

 すると、なにやらポケットに使えそうなものが入っていた。

家の方針でいつも持ってる携帯用のナイフ・肥後守と、家庭科の授業で使った黒色のたこ糸だ。

そういや、なんで家庭科の糸がこんなとこに入ってるんだろう? ――そう考えてたら、「なんでもポケットに入れるくせを直しなさい!」と怒る母さんの顔を思い出した。

CG加工なしでゴジラのような顔になる母さんが、頭の中に現れる。

冷や汗が出てきた。

……おそろしいので、考えるのをやめる。

そして、ぼくはしかけ作りをはじめた。

ナイフで切った糸を何本かよりあわせ、縄をあむ。

できあがった縄を、ぼくのいる列――G列の一つ上の、H列のいすの足にくくりつける。

次に、縄のもう片方のはしを、通路をはさんで反対側のいすの足に結ぶ。

映画館は暗いから、縄は見えない。

だから、ぼくが何をしてるかわからないのだろう。他の人が、ぽかんとした顔でこっちを見ている。

もともと太いたこ糸を何本か結んで縄にしたら、なかなかの強度の糸になる。それを通路で結んでおくと――強盗は、こける!

ついでに、ポップコーンを固定するトレーを後ろ手に回し、戦闘態勢も整える。

スクリーンが暗くなった。シアター全体が、暗くなる。

映画では、主人公の回想シーンに突入している。この間に、一気に決めねば!

気分は、数学テスト終了三分前だ。

「あのー、すみませーん! もうちょっとお金があったみたいなんですけど!」

 強盗にいうと、やつはすぐにふりむいた。

 意地汚いやつだ(まあ、だから強盗なんてやるんだろうけど……)。

「いくら持ってるんだ?」

「五千円です」

 もちろん嘘だ。ぼくの貯金は、さっきで底をついた。

 強盗が目を光らせながら、こちらにむかって歩いてくる。

 そして、強盗がH列前の通路を通過した。

 ――ここだ!

「おわわわわー!」

 強盗が縄に足をとられて、おもいっきりこけた。

 ビッターン! と、顔を地面に打ちつける。

 しかし、ここは強盗の執念だろう。

 強盗はすぐに顔をあげると、悔しそうにぼくをにらみ、包丁をふりかぶった。

 そして、ぼく目がけてふりおろした!

 ぼくは後ろ手に回していたポップコーンのトレーを前に出す。

 強盗の包丁攻撃を、トレーでさばく。

 カン! コン! カン!

「くっそう」

 強盗は舌打ちし、包丁の構え方を変えた。

両手で柄を持って、姿勢を低くする強盗。

 確実に、ぼくのお腹を狙ってくるつもりだ!

――させるもんか!

強盗が叫びながら、助走をつけてつっこんでくる。

ぼくはポップコーンのトレーで、強盗の顔面をぶん殴った。

ゴキュッ! と、人間から鳴ってはいけなさそうな音が鳴る。

 そのまま強盗の後頭部にひじ鉄を入れると、やつは姿勢を大きくくずした。よし、チャンスだ!

 間髪入れず、ぼくは強盗の包丁を右足で蹴り飛ばした。

 カン!

 金属音を立て、軽やかに包丁が宙を舞う。

 そして、映画館の床につきささった。

 しかし、強盗はこの期に及んで反撃しはじめた。

 ぼくの顔を狙って拳をふりまわしてくるが、やはり素人の攻撃だ。ぼくは、全部軽くよけた。

 最後に、ぼくは間合いをつめ、渾身の掌底!

 強盗のあごを、思いっきり平手打ちする。

 そして――強盗は倒れた。

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